「この腕輪にはもうひとつ厄介な呪いが込められている」
シリウスが右手を上げると、腕輪のチェーンがシャラリと音を立てる。
「呪いにかかった時、俺は十八歳だった。それがこのザマだ。どういうことかわかるか?」
「子どもになってしまったってこと?」
ここでわたしは、ハッと息を呑んだ。
「じゃあ、さっきの大人のシリウスが、本来の姿ってことなのね!?」
「そうだ。寝ている間だけ元の姿に戻る」
これまでのシリウスのおかしな言い分——わたしより年上だとか、本当はデカイだとか強いだとか言っていたのは嘘ではなかったことになる。
馬車の中で居眠りしそうになったシリウスを、サミュエルが慌てて起こそうとしていた理由も納得だ。
「なんで教えてくれなかったの? びっくりしたじゃない」
あらかじめ知っていたら、魔獣に噛まれたせいだと的外れな勘違いでハラハラすることもなかったのに。
「いつか一緒に寝て驚かせてやろうと思っていた」
シリウスは、にやりと笑う。
その光景を想像してみた。
チビッ子王子と隣り合わせで寝たつもりが、ふと目を覚ますと大人の麗しい男性と同衾していると気づく——心臓が跳ねるどころか、口から飛びだしてしまうにちがいない。
「そうならずにすんでよかったわ。きっと寝ているあなたを思いっきり殴り飛ばしていたと思う」
シリウスがふふっと笑う。
「マリアが強いって知る前に、イタズラ心でやらずによかったな」
ここでシリウスが笑顔を引っ込めた。
「真面目な話をすると、おいそれとは明かせない秘密なんだ」
「王子が呪われていると外聞が悪いからってこと?」
でも、わたしが音律呪法の話を聞いた時に口止めはされなかった。話す相手がいないっていうのもあるけれど。
シリウスは首を横に振る。
「そうじゃない。マリアだって言ってただろ? 俺がシリウス王子だって」
わたしは、ん?と首を傾げた。
そういえばすっかり忘れていたけれど、初めて呪いの話を知った時に引っかかっていた言葉があった。
シリウスは『長年』腕輪をつけていると言っていなかったか。
十一歳の子どもが使う言葉ではないと思った記憶が蘇る。
「もしかして……」
わたしは真っすぐにシリウスを見た。
「あなたは目を覚ましている間は十一歳のままで、寝ている時だけ年を取るって考え方で合っている?」
シリウスが微笑む。
「その通りだ。俺は眠りながら年を取るのが嫌で、毎日二時間しか睡眠をとらない。もしもいま呪いが解けたら、俺は二十四、五歳だと思う」
わたしは頭の中で整理した。
十八歳で呪われて、そこから睡眠時間分だけ年を取っている。毎日二時間しか寝ない生活で六~七年間分の睡眠をとったとなると……?
にわかには計算できない。
「シリウスは呪われてから何年経つの?」
「七十年以上だ」
冗談で言っているとは思えない真剣な表情だ。
彼が寝ている間に大人の姿になり、目を覚ませば少年になった様子をわたしも目の当たりにしたのだから、からかわれているわけではないとわかっている。
呪いや魔法の類には明るくないからよく知らないけれど、そういうこともあるのだろう。
「じゃあ、シリウスはおじいちゃんってこと!?」
「そっちか」
シリウスがククッと笑った。
「おじいちゃんにしては、性格がお子様すぎやしない?」
「仕方ないだろ。子どもの姿をしている間は、精神が子どもっぽくなるんだ」
本当だろうか。
この人はもともとガキっぽい性格なだけという気もする。
「それよりも、もっと大事なことに気づかないのか?」
シリウスがにやりと笑う。
「大事なこと?」
シリウスは七十数年前に十八歳だったことにもっと大きな意味が隠されている……?
アドラの歴史にそこまで明るくはないけれど、シリウスが生まれたのはおそらく三代か四代前の御代だろう。
ここまで考えてようやくわかった。
わたしは息が止まりそうになって、大きく深呼吸してから問うた。
「嘘……まさかあなたが英雄王子なの?」
「ご明察」
英雄の名をもらったのではなく、本人だったのだ。
「だから魔獣に詳しかったのね」
知識だけではなく、実際に魔獣たちと戦って封印した張本人なのだから当然だ。
「いまはこんな体たらくだけどな。眠っている俺は最強なんだが意味がない」
シリウスの自虐発言に思わず笑ってしまう。
「いつか呪いが解けたら、剣の手合わせをお願いしたいわ」
「それまでそばにいてくれるか?」
真剣な目で同じ質問をされて気づいた。
甘えているだけかと思ったのは勘違いだった。
こんなにも重大な秘密を、おそらくアドラ王室がずっと守りつづけている秘匿事項を聞く覚悟があるかと問われていたのだと。
これまでの長い人生で、彼がどれほどの悔しさや焦燥感を味わってきたのか、わたしには想像すらできない。
そんな人に、ずっとそばにいてほしいと懇願されている。胸がじんわり温かくなるのは、うれしいからだろう。
喜んで受け止めようではないか。
シリウスを守りたい。呪いから解き放ってあげたいと強く思う。
「もちろんよ」
あらためて強く頷くと、シリウスはうれしそうに微笑んだ。
「すまない、もう少し寝る」
「わかった。窓の外を見ておくから、安心して寝てちょうだい」
質問したいことはまだたくさんあるけれど、いまはそれよりも体を休めてもらいたい。
プラチナブロンドの髪をやさしく撫でると、彼は安心したように目を閉じた。
シリウスが右手を上げると、腕輪のチェーンがシャラリと音を立てる。
「呪いにかかった時、俺は十八歳だった。それがこのザマだ。どういうことかわかるか?」
「子どもになってしまったってこと?」
ここでわたしは、ハッと息を呑んだ。
「じゃあ、さっきの大人のシリウスが、本来の姿ってことなのね!?」
「そうだ。寝ている間だけ元の姿に戻る」
これまでのシリウスのおかしな言い分——わたしより年上だとか、本当はデカイだとか強いだとか言っていたのは嘘ではなかったことになる。
馬車の中で居眠りしそうになったシリウスを、サミュエルが慌てて起こそうとしていた理由も納得だ。
「なんで教えてくれなかったの? びっくりしたじゃない」
あらかじめ知っていたら、魔獣に噛まれたせいだと的外れな勘違いでハラハラすることもなかったのに。
「いつか一緒に寝て驚かせてやろうと思っていた」
シリウスは、にやりと笑う。
その光景を想像してみた。
チビッ子王子と隣り合わせで寝たつもりが、ふと目を覚ますと大人の麗しい男性と同衾していると気づく——心臓が跳ねるどころか、口から飛びだしてしまうにちがいない。
「そうならずにすんでよかったわ。きっと寝ているあなたを思いっきり殴り飛ばしていたと思う」
シリウスがふふっと笑う。
「マリアが強いって知る前に、イタズラ心でやらずによかったな」
ここでシリウスが笑顔を引っ込めた。
「真面目な話をすると、おいそれとは明かせない秘密なんだ」
「王子が呪われていると外聞が悪いからってこと?」
でも、わたしが音律呪法の話を聞いた時に口止めはされなかった。話す相手がいないっていうのもあるけれど。
シリウスは首を横に振る。
「そうじゃない。マリアだって言ってただろ? 俺がシリウス王子だって」
わたしは、ん?と首を傾げた。
そういえばすっかり忘れていたけれど、初めて呪いの話を知った時に引っかかっていた言葉があった。
シリウスは『長年』腕輪をつけていると言っていなかったか。
十一歳の子どもが使う言葉ではないと思った記憶が蘇る。
「もしかして……」
わたしは真っすぐにシリウスを見た。
「あなたは目を覚ましている間は十一歳のままで、寝ている時だけ年を取るって考え方で合っている?」
シリウスが微笑む。
「その通りだ。俺は眠りながら年を取るのが嫌で、毎日二時間しか睡眠をとらない。もしもいま呪いが解けたら、俺は二十四、五歳だと思う」
わたしは頭の中で整理した。
十八歳で呪われて、そこから睡眠時間分だけ年を取っている。毎日二時間しか寝ない生活で六~七年間分の睡眠をとったとなると……?
にわかには計算できない。
「シリウスは呪われてから何年経つの?」
「七十年以上だ」
冗談で言っているとは思えない真剣な表情だ。
彼が寝ている間に大人の姿になり、目を覚ませば少年になった様子をわたしも目の当たりにしたのだから、からかわれているわけではないとわかっている。
呪いや魔法の類には明るくないからよく知らないけれど、そういうこともあるのだろう。
「じゃあ、シリウスはおじいちゃんってこと!?」
「そっちか」
シリウスがククッと笑った。
「おじいちゃんにしては、性格がお子様すぎやしない?」
「仕方ないだろ。子どもの姿をしている間は、精神が子どもっぽくなるんだ」
本当だろうか。
この人はもともとガキっぽい性格なだけという気もする。
「それよりも、もっと大事なことに気づかないのか?」
シリウスがにやりと笑う。
「大事なこと?」
シリウスは七十数年前に十八歳だったことにもっと大きな意味が隠されている……?
アドラの歴史にそこまで明るくはないけれど、シリウスが生まれたのはおそらく三代か四代前の御代だろう。
ここまで考えてようやくわかった。
わたしは息が止まりそうになって、大きく深呼吸してから問うた。
「嘘……まさかあなたが英雄王子なの?」
「ご明察」
英雄の名をもらったのではなく、本人だったのだ。
「だから魔獣に詳しかったのね」
知識だけではなく、実際に魔獣たちと戦って封印した張本人なのだから当然だ。
「いまはこんな体たらくだけどな。眠っている俺は最強なんだが意味がない」
シリウスの自虐発言に思わず笑ってしまう。
「いつか呪いが解けたら、剣の手合わせをお願いしたいわ」
「それまでそばにいてくれるか?」
真剣な目で同じ質問をされて気づいた。
甘えているだけかと思ったのは勘違いだった。
こんなにも重大な秘密を、おそらくアドラ王室がずっと守りつづけている秘匿事項を聞く覚悟があるかと問われていたのだと。
これまでの長い人生で、彼がどれほどの悔しさや焦燥感を味わってきたのか、わたしには想像すらできない。
そんな人に、ずっとそばにいてほしいと懇願されている。胸がじんわり温かくなるのは、うれしいからだろう。
喜んで受け止めようではないか。
シリウスを守りたい。呪いから解き放ってあげたいと強く思う。
「もちろんよ」
あらためて強く頷くと、シリウスはうれしそうに微笑んだ。
「すまない、もう少し寝る」
「わかった。窓の外を見ておくから、安心して寝てちょうだい」
質問したいことはまだたくさんあるけれど、いまはそれよりも体を休めてもらいたい。
プラチナブロンドの髪をやさしく撫でると、彼は安心したように目を閉じた。



