亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる

 誰なの!?
 大声で叫びたくなるのを咄嗟に自分の口を両手で塞いだのは、彼があまりにも気持ちよさそうに寝ていたからだ。

 待って、落ち着いて!
 バクバクしている胸を押さえて自分に言い聞かせる。
 ほんの少し目を離していた隙に膝枕をしていた人が入れ替わるだなんて、魔法でも使わない限りあり得ない。
 小屋にはわたしとシリウスしかいなかったし、わたしたちは魔法が使えないのに……?

 よく見れば、この男の髪はシリウスと同じプラチナブロンドだ。まつげが長くて、目を閉じていても綺麗な顔立ちだとわかる。
 しかも、わたしのジャケットを羽織っている。
「おかしいわ。そんなはずはないもの……」
 脳裏によぎったある仮説を否定した。
 それでも、この森に入ってから奇妙なことばかり起こるから、可能性はゼロではない。

 わたしはおそるおそる、視線を男の右手首に向ける。
「————!」
 男の手首には、金色のチェーンが巻かれていた。
 そう、シリウスが外したくても外せないあの呪いの腕輪に瓜ふたつだ。
 ジャケットをめくると、左腕にはケガを手当てしたスカーフも巻かれている。

 つまり……シリウスが急に成長して大人になっちゃったってこと!?
 夢か幻覚でも見ているんだろうか。
 わたしは自分の頬をつねってみた。普通に痛い。

 もしや狼系の魔獣に噛みつかれると、加齢のスピードが上がるのかしら。
 だとすれば、あっという間に年を取って死んじゃうってこと!?
 混乱する中で導きだしたわたしの答えがこれだ。

 大変だわ! シリウスがおじいちゃんになってしまう!
「起きて! 大変なことになったわ!」
 わたしはシリウスの頬をぺちぺち叩いた。

「ん……」
 身じろぎしたシリウスが瞼を開けた——と思ったら、姿がスルスル元の少年の大きさに戻ってゆく。

「ええぇぇぇっ!?」
 思わずわたしが大声を出したものだから、シリウスがパッチリ目を開けた。
「マリア?」
 かすれ声のシリウスは、わずかに体を起こした。

「シ、シリウス。お、お、落ち着いて聞いてちょうだい」
 心臓がバクバクしすぎて、上手くしゃべれない。
「マリアのほうこそ落ち着けって」
 シリウスは笑っているが、笑いごとではないのだ。

 わたしは一度大きく深呼吸をしてから、静かに告げた。
「あなた、魔獣に噛まれたせいで変身する体質になってしまったのかもしれないわ」

 狼と人間の姿を行き来する『狼男』がいると聞いたことがある。
 狼系の魔獣に噛まれたのだから、それに似たような状態になってしまったとしてもおかしくない。

「どういう意味だ?」
 シリウスが自分の左腕を眺めながら首をひねっている。
 戸惑うのも当然だろう。しかし、蒼白だった顔はいくぶん血色を取り戻している感じだ。
 半刻に満たない睡眠時間だったけれど、少し回復したのかもしれない。

 いまなら話をしても大丈夫だろう。
 わたしは順を追って説明していった。

「あなたが寝たと思ったら、突然大人になったのよ。だから、魔獣に噛まれたせいでどんどん年を取っていく病気にでもなったんじゃないかって思ったの」
 シリウスは先を促すように無言で頷く。
「そうだとしたら、あっという間におじいちゃんになって死んでしまうでしょう? だからどうすればいいか相談しようと思って慌てて起こしたの」
 この突拍子もない話を信じてくれるだろうかと思いながら続けた。
「でもその予想はまちがっていたわ。だって、元の姿に戻っちゃったんだもの。だからきっと、狼男みたいに変身する病気にかかったのかもしれないと予想しているんだけど……」

 するとシリウスの体が小刻みに震えだす。怖がらせてしまったかもしれない。
 わたしは慌ててシリウスを励ました。
「安心してちょうだい。大人になったあなたもカッコよかったわ」

 しかし、シリウスは怖がって震えていたわけではなかった。笑っていたのだ。
「傷に響くからやめてくれ……あははっ、狼男! なんだそれ!」
「もうっ! 笑ってる場合じゃないんだってば!」
 変なことを言っている自覚はあるけれど、この目でしかと見たのだから。

 頬を膨らませるわたしを見てさらにクスッと笑ったシリウスは、ふと笑みを消して起こしていた体を再びわたしの膝に預けた。
 琥珀色の目に、わたしの顔が映っている。
「マリア、ずっと一緒にいてくれるか」
 
 心臓がドキンと跳ねた。
 
 なんて大人びたことを言うのか。それとも、甘えているだけだろうか。
 魔獣に襲われてケガを負い、その上わけのわからないことを言われて不安になったのだろう。
 ここは、わたしがドーンと受け止めてあげなくてはならない。

 わたしは、柔らかいプラチナブロンドの髪をそっと撫でる。
「もちろんよ」
 にっこり笑ってみせると、シリウスは安心したように力を抜いた。

 ところが、これで終わりではなかった。
「じゃあ、大事な話がある。このまま聞いてくれ」
 シリウスは膝枕の体勢のまま静かに語りはじめた。