亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる

「大丈夫だ……それより先を急ごう……」
 シリウスの顔から血の気が引いて、いつも以上に白くなっていく。
 力が入らないのか歩くのさえおぼつかない様子だ。
 サミュエルに運んでもらったほうがいいかもしれない。
 そう提案しようとサミュエルに顔を向けたが、彼はあらぬ方向を見つめていた。

「血の匂いを嗅ぎつけて集まってきています」
 低い声で告げる彼の視線を辿ると、森の奥に赤い目が複数浮かび上がった。
 仲間の狼だろうか。ざっと見て三頭いる。

「ここは俺が引き受けます。マリア様、どうかシリウス様を連れて真っすぐに突っ走ってください」
「わかったわ。狼たちはあなたに任せる」
 ひとりで三頭を相手にできるのか——ここで押し問答をしている余裕はない。
 わたしはシリウスを背中に負ぶった。
 サミュエルはこちらをチラリと一瞥して頷く。
「すぐに追いつきます」

 わたしは脇目もふらずに駆けだした。
「マリア……すまない」
 背中で悔しさをにじませた声がする。
「シリウス、ごめんなさい。さすがにお姫様抱っこでは運べそうにないわ」
 励ますようにわざとおどけた調子で言うと、弱弱しくはあるけれどフフッと笑われた。
 よかった、笑う元気はあるようだ。
「大丈夫、わたしがシリウスを守るからね!」
 
 全速力で森を駆け抜け、視界が少しひらけたと思ったら沢に出た。
 数歩で渡れそうな川幅で、綺麗な水がちょろちょろ流れている。
 ここで立ち止まって振り返ったが、サミュエルの姿はまだ見えない。

 さすがに狼タイプの魔獣三頭を彼ひとりに任せたのは無謀だっただろうか。
 でも、怪我を負ったシリウスのかばいながらの戦闘のほうがリスクが大きいと、わたしとサミュエルの咄嗟の判断が一致したのだから致し方ない。
 わたしはシリウスを守る任務を選んだのだから、それを優先するだけだ。

 まだここへは火事の煙が到達していないのが不幸中の幸いかもしれない。
 万が一炎が迫ってきても、沢の手前で止まってくれるだろうか。
 それはいいとして、もしもほかの魔獣が血の匂いを嗅ぎつけてきたら……。

 これまでのわたしは、自分ひとりだけを守れればよかった。
 でも、いまはちがう。シリウスの命を預かっているのだ。判断を誤ってはならない。
 ここで一旦サミュエルを待つか考えあぐねているわたしの背中で声がした。
「もう少し下ったところに釣り小屋がある」
 この沢で釣りをしているということは、いまはたまたま水の少ない時期なのかもしれない。
 橋がなくても渡れそうでよかった。
 きっとわたしたちはツイてるわ!

「わかった、そこまで行くわね。でもその前に……」
 わたしはシリウスを背中から下ろした。
「じっとして」
 ジャケットとシャツを脱がして、沢の手前に置いておく。

 シリウスの傷は、覚悟していたほど大きくはなかった。分厚いジャケットのおかげだろう。
 とはいえ、腕に牙の穴が開いていて出血していることに変わりはない。
 わたしは傷の上部にスカーフをきつく巻いて縛った。

「ルルーニャのスカーフが役に立ちすぎだわ。わたしも見習わないと」
 そして自分のジャケットを脱いで、シリウスの肩にかける。
 これで沢を渡れば、血の匂いがかなり消えるはずだ。

「大丈夫だ、歩ける」
「ダメよ」
 強がるシリウスを無理やり背中に負ぶって、じゃぶじゃぶ沢を渡った。
 最後にもう一度振り返ったが、サミュエルは追いついてこない。
 わたしは再び駆けだした。
 沢伝いに走っていくと、ほどなくして小屋が見えてきた。