亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる

 待ちに待った狩猟大会当日がやってきた。
「狩り日和ね」
 場所は、アドラ王都の北方に広がる森の一画。王室が直轄している狩場らしい。
 エルゼアは開墾した農地が広がっていたが、アドラはこういった森林地帯が多い。
 この森林が断続的につながって国境まで広がっているようだ。
 
 わたしは青空を見上げながら両腕を広げて深呼吸した。暑くもなく寒くもなく、カラッとした爽やかな秋晴れだ。
 黒いハンチング帽に緋色のジャケット、白いズボンのすそはロングブーツに入れるのが、アドラの狩装束らしい。
 同じ服装に身を包むシリウスは、小さな貴公子といった雰囲気を醸し出している。

 パートナーのいる参加者たちは、腕にレースやスカーフを結んでもらっている。
「応援しております。頑張ってくださいまし」
「あなたのために大きな獲物を仕留めてくるとお約束します」

 すぐそばで、互いを熱く見つめ手を取り合うカップルを目撃して、わたしは己の失態に気づいた。
 まずいわ。なにも用意してなかった!
 背中に嫌な汗がにじむ。

 手編みのレースやお気に入りのスカーフを慕っている人に渡すことで、狩りの安全を祈り、あなたを応援していると伝えるのだ。
 エルゼアでも同様の風習はあったが、わたしは参加する側だったため誰かにレースを贈った経験がない。
 ロミオが全身全霊で拒絶の態度を示していたせいもある。
 だからそんな大事なことをすっかり忘れて、狩りに参加できると浮かれていた。
 一応シリウスの婚約者なのだから、わたしがスカーフを用意すべきだったのに……。

「どうせ忘れていたのでしょう?」
 そこへルルーニャが現れた。
 今日はいつものツインテールではなく髪を下ろし、大きなつばの白い帽子をかぶっている。
 リボンがふんだんにあしらわれたドレスがよく似合っていてかわいらしい。
 ルルーニャの手には、白いスカーフが三枚握られている。

「さては……わたしが忘れているのを知っていて、わざと黙っていたのね?」
 ただの八つ当たりだとわかっているけれど、気づいていたなら教えてよ!と、つい文句が口をついて出てしまった。
「もちろんよ。マリアったら、間抜けねえ」
 ルルーニャがふふんと得意げな顔をする。
「代わりにわたくしが結んでさしあげるわ」
 ルルーニャは、まったく世話が焼けるとか、それでも婚約者かとブツブツ呟きながら、手早くシリウス、サミュエル、そしてわたしの腕にスカーフを結び付けていく。
 あまりムードはないけれど、これだけで不思議と高揚感が増して鼓舞されるものなのだと実感した。

 次があるのなら――シリウスの横顔を見下ろして、わたしは小さく首を振る。
 シリウスとわたしに次などないだろう。
 むしろ、ルルーニャに結んでもらってよかったのかもしれない。
 
 狩猟大会で使用できるのは武器のみ。魔法は禁じられているという。
 わたしは弓と短剣を用意してもらった。
 仕留めた獲物の重量の合計を競い、一位の成績を収めた者には王妃から花冠を賜る栄誉を得るらしい。
 先日の舞踏会にも姿を現さなかった王妃様はどんな人なのだろうか。
 ぐるりと周りを見渡してもそれらしき人物がいないということは、まだここにはいないのだろう。

「楽しみになってきたわ」
 鞍に細工がされていないか確認して、わたしは馬の背に跨った。
 狩猟大会というものは、ハプニングや陰謀の宝庫だ。
 それでもわたしは負けたりしない。

 シリウスもひとりで馬に乗っている。
 十一歳ともなれば別段おかしくはない。わたしだって十歳のころからひとりで馬に跨って、兄とともに狩猟大会に出場していた。
「さあ、出発しましょう!」

 わたしたちは馬の腹を蹴って森へと入っていった。