自室でふわぁっと、あくびを連発するシリウスがベッドに倒れ込む。
「二時間後に起こしてくれ」
すでに寝言のような不明瞭な声で瞼を閉じるシリウスに向かって、サミュエルは「承知しました」と返事をし懐中時計を取り出した。
すうっと寝息が聞こえてシリウスの眠りが深くなった途端、細い少年の体は立派な大人の男の姿へと変わった。
その様子を、サミュエルは息を殺してジッと見つめている。
もう何度見たかわからないこの摩訶不思議な現象に、いまだに慣れない。
まるで魔法――否、これは呪いだ。
シリウスにかけられている呪いは、魔封じだけではない。
十一歳のまま成長しない呪いもかけられている。
彼が本来の姿に戻るのは、眠っている時だけ。
意識レベルが低下すると音律呪法の効き目が弱まるため、元の姿に戻るのだと聞いている。
サミュエルが初めてシリウスの近衛を担当するようになったのは五年前。
国王陛下から直々に下された配置転換だった。
シリウスという名の十一歳の第三王子が存在すること自体、彼はこの時初めて知った。
国王の歯切れの悪さから察するに、その王子はおそらく庶子、しかも隠し子なのだろうと推察した。
それなのに、面会してみればシリウスの態度は随分と尊大で、サミュエルは戸惑いのあまり目を白黒させたものだ。
『信頼できる騎士だと聞いた』
そう言って微笑んだシリウスの外見は、あの頃からまったく成長していない。
当初は、シリウスのフルネームが「シリウス・プルデンシオ・アドラ」であると聞いても、にわかには信じられなかった。
祖先のファーストネームを引き継ぐだけならよくある慣わしだ。
しかしそのフルネームは、かつて「英雄王子」と呼ばれた伝説の人物の名とぴったり一致している。
それどころか、目の前にいる少年が当の本人であると言われても、ピンとくるはずがない。
なぜなら英雄王子が活躍していたのは四代前の御代だ。生きているとすれば九十代だろうか。
なにを試されているのかと訝るサミュエルだったが、実際に眠っている姿を目の当たりにして驚愕するとともに確信した。
大人に戻った彼の容姿は、肖像画の英雄王子にそっくりだった。
なぜ呪いは十一歳なのか。
それはアドラ王国の法律と深いかかわりがある。国王を継げる年齢が十二歳以上と定められているのだ。
『俺が呪われたのは十八の時。国王になるための戴冠式の日だった。装飾品のひとつとしてつけるよう渡された腕輪をはめた途端、体が縮んだ』
他言無用として本人から語られる真実は、サミュエルを震撼させた。
『誰がそんなことを……』
震え声で問うサミュエルに、シリウスは腕輪をシャラシャラ揺らしながら答える。
『当時の王妃だ。俺は英雄で国民からの支持も絶大、誰もが認める王になるはずだった。ところが王妃は、自分の息子ではなく第四夫人の子が王になるのがどうしても許せなかったんだろうな』
跡目争いは、後継者候補の人数が多いほど混迷を極めるのが世の常。
四代前の王には妻が五人もいて、子どももたくさんいた。
王妃がなりふりかまわず必死に我が子を玉座にと暗躍するのも頷ける。
厄介な呪いに手を染めなければならぬほど、英雄王子には隙がなかったのだろう。
『まさか自分が死んでもまだ呪いが継続するとは思っていなかったんじゃないかな。そのせいで俺はずーっとガキのままだ』
美少年のかんばせに浮かぶ怨嗟の念を見て、サミュエルはなんともいえない気持ちになった。
恨むべき相手がすでにいないやるせなさを想像するだけで、いたたまれなくなる。
――英雄王子は玉座になど興味がないと言って、遠くへ旅立っていきました――
幼い頃にサミュエルが心を躍らせて聞いていた英雄王子の物語の結末は、事実とはまったく異なる美化されたものだった。
それを広めることで、彼はもういないと印象づける狙いがあったのかもしれない。
秘密を知っているのは、王室の一員とごく一部の人間だけらしい。
『実は、病弱であまり人前に出られない王子がいる』と曖昧な情報だけ流し、見た目と年齢が釣り合わなくなれば存在しない者として暮らす。
(この方は、国民の前に堂々と立つこともなく長年王家の影に隠れて生きてきたのか……)
サミュエルは大きく息を吐いた。
呪いの腕輪と魔法との相性が悪いため、シリウスの近衛は魔法が苦手で腕っぷしの強い騎士のほうが好都合らしい。
その候補者の中から、口が堅く忠誠心のある騎士であると期待されて抜擢されたのなら、その職務をまっとうしようと決意した。
『サミュエル・マルソーは誇り高き騎士として、シリウス様の剣となり盾となって命尽き果てるまで誠心誠意お仕えすることを誓います』
膝を折り首を垂れるサミュエルに、シリウスは再び笑顔を向ける。
『よろしく頼む』
「二時間後に起こしてくれ」
すでに寝言のような不明瞭な声で瞼を閉じるシリウスに向かって、サミュエルは「承知しました」と返事をし懐中時計を取り出した。
すうっと寝息が聞こえてシリウスの眠りが深くなった途端、細い少年の体は立派な大人の男の姿へと変わった。
その様子を、サミュエルは息を殺してジッと見つめている。
もう何度見たかわからないこの摩訶不思議な現象に、いまだに慣れない。
まるで魔法――否、これは呪いだ。
シリウスにかけられている呪いは、魔封じだけではない。
十一歳のまま成長しない呪いもかけられている。
彼が本来の姿に戻るのは、眠っている時だけ。
意識レベルが低下すると音律呪法の効き目が弱まるため、元の姿に戻るのだと聞いている。
サミュエルが初めてシリウスの近衛を担当するようになったのは五年前。
国王陛下から直々に下された配置転換だった。
シリウスという名の十一歳の第三王子が存在すること自体、彼はこの時初めて知った。
国王の歯切れの悪さから察するに、その王子はおそらく庶子、しかも隠し子なのだろうと推察した。
それなのに、面会してみればシリウスの態度は随分と尊大で、サミュエルは戸惑いのあまり目を白黒させたものだ。
『信頼できる騎士だと聞いた』
そう言って微笑んだシリウスの外見は、あの頃からまったく成長していない。
当初は、シリウスのフルネームが「シリウス・プルデンシオ・アドラ」であると聞いても、にわかには信じられなかった。
祖先のファーストネームを引き継ぐだけならよくある慣わしだ。
しかしそのフルネームは、かつて「英雄王子」と呼ばれた伝説の人物の名とぴったり一致している。
それどころか、目の前にいる少年が当の本人であると言われても、ピンとくるはずがない。
なぜなら英雄王子が活躍していたのは四代前の御代だ。生きているとすれば九十代だろうか。
なにを試されているのかと訝るサミュエルだったが、実際に眠っている姿を目の当たりにして驚愕するとともに確信した。
大人に戻った彼の容姿は、肖像画の英雄王子にそっくりだった。
なぜ呪いは十一歳なのか。
それはアドラ王国の法律と深いかかわりがある。国王を継げる年齢が十二歳以上と定められているのだ。
『俺が呪われたのは十八の時。国王になるための戴冠式の日だった。装飾品のひとつとしてつけるよう渡された腕輪をはめた途端、体が縮んだ』
他言無用として本人から語られる真実は、サミュエルを震撼させた。
『誰がそんなことを……』
震え声で問うサミュエルに、シリウスは腕輪をシャラシャラ揺らしながら答える。
『当時の王妃だ。俺は英雄で国民からの支持も絶大、誰もが認める王になるはずだった。ところが王妃は、自分の息子ではなく第四夫人の子が王になるのがどうしても許せなかったんだろうな』
跡目争いは、後継者候補の人数が多いほど混迷を極めるのが世の常。
四代前の王には妻が五人もいて、子どももたくさんいた。
王妃がなりふりかまわず必死に我が子を玉座にと暗躍するのも頷ける。
厄介な呪いに手を染めなければならぬほど、英雄王子には隙がなかったのだろう。
『まさか自分が死んでもまだ呪いが継続するとは思っていなかったんじゃないかな。そのせいで俺はずーっとガキのままだ』
美少年のかんばせに浮かぶ怨嗟の念を見て、サミュエルはなんともいえない気持ちになった。
恨むべき相手がすでにいないやるせなさを想像するだけで、いたたまれなくなる。
――英雄王子は玉座になど興味がないと言って、遠くへ旅立っていきました――
幼い頃にサミュエルが心を躍らせて聞いていた英雄王子の物語の結末は、事実とはまったく異なる美化されたものだった。
それを広めることで、彼はもういないと印象づける狙いがあったのかもしれない。
秘密を知っているのは、王室の一員とごく一部の人間だけらしい。
『実は、病弱であまり人前に出られない王子がいる』と曖昧な情報だけ流し、見た目と年齢が釣り合わなくなれば存在しない者として暮らす。
(この方は、国民の前に堂々と立つこともなく長年王家の影に隠れて生きてきたのか……)
サミュエルは大きく息を吐いた。
呪いの腕輪と魔法との相性が悪いため、シリウスの近衛は魔法が苦手で腕っぷしの強い騎士のほうが好都合らしい。
その候補者の中から、口が堅く忠誠心のある騎士であると期待されて抜擢されたのなら、その職務をまっとうしようと決意した。
『サミュエル・マルソーは誇り高き騎士として、シリウス様の剣となり盾となって命尽き果てるまで誠心誠意お仕えすることを誓います』
膝を折り首を垂れるサミュエルに、シリウスは再び笑顔を向ける。
『よろしく頼む』



