亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる

 性急なノックの後にドアが開いてサミュエルが飛び込んできた。
「失礼します!」
 人が倒れるような大きな音に驚いて、わたしが襲われていると思ったのだろう。
 しかし――。
「どうされ……まし……た……?」
 倒れたロミオに馬乗りになっているわたしを見て、サミュエルの目が点になっている。
 まさか、乱暴を働いたのがわたしのほうだとは思ってもみなかったようだ。

 サミュエルの背後から、遅れて来ていたらしいシリウスも顔をのぞかせる。
 目が合うと、ブフッと笑われた。
 わたしは咳ばらいをして、完全に伸びているロミオから手を放し立ち上がる。

「ロミオ様はお疲れのご様子ですので、わたしはこれで失礼しますわ」
 髪をバサッと後ろに払うと、シリウスがもう我慢できないといった様子でゲラゲラ笑いはじめた。
 
 シリウスは、帰りの廊下でも人目をはばからずにヒーヒー笑い続けている。
 そのせいですれ違う人たちが困惑しているが、本人はおかまいなしだ。
「あっはっは、おもしろい! マリア、最高だ!」
 ロミオに破裂玉を投げつけたわたしが、今度は同じ相手を投げ飛ばして馬乗りになっていた。なかなか刺激的だったにちがいない。

 わたしの部屋へ戻り、ようやく笑いがおさまったところでシリウスが切り出す。
「体格差のある男を投げ飛ばす術をどこで身につけたんだ?」
「小さい頃から護身術、武術、剣術を習っていたの。弓も得意だし、投擲も得意よ。石を投げて鳥を落とせるぐらいには」
 わたしが胸を張ると、シリウスはまたブフッと吹き出した。
「頼むからこれ以上笑わさないでくれ」
 おもしろいことを言ったつもりはないのに、シリウスは楽しそうだ。

「モナーク伯爵家の娘は、ただ蝶よ花よと守られていただけではないわ。わたしが誘拐されたら、火薬のレシピをよこせって脅されてしまうもの」
 だから自分自身で身を守れるように、徹底的に鍛えられた。
 サバイバル術や薬草の知識も身に着けている。
 毒の耐性があるのもそのためだし、二階から飛び降りてもへっちゃらだと言ったのも嘘ではない。

「伯爵令嬢にしては、なかなかハードだな」
 シリウスが表情をスッと引き締める。
「あなたほどではないわ。それに、たぶん生まれつきそういう才能があったと思うの。どんどん強くなっていくのが楽しくって仕方なかったんだもの」
 最終的にわたしは、兄や師匠よりも強くなってしまった。
 誘拐目的で背後からわたしを羽交い絞めにしようとした大男を投げ飛ばした時は、実に痛快だった。

 母国では『マリア・モナークの護衛は最低限でいい』と言われていたほどに、わたしは馬鹿つよだったのだ。
 もちろんロミオだってそれを知っていた。
 物理的には敵わないから、いつも少し距離を取って言葉で罵倒してきたのだ。
 それなのに今日は、激高して思わず近づきすぎたのだろう。

「頼もしいな」
 シリウスがくくっと笑う。
「あなたは本当に人が悪いわ。それとも、ライアス殿下の指示だったのかしら」
 わたしが声のトーンを落とすと、シリウスはなんのことだとでも言いたげに首を傾げた。

「試すようなことをされたら、誰だっていい気はしないでしょう?」
 わたしの暴れっぷりを最高だと称賛して笑ってくれるのは嬉しい。
 でも、ロミオとの面会にシリウスが同席しなかったのは、わたしを試していたからだ。
 ロミオと結託して反逆を企てるのではないかと疑われていたのだろう。どうせわたしたちの会話を盗み聞きしていたにちがいない。
 つまりわたしは、相変わらず誰からも信用されていないのだ。

 もしもわたしがまんまと唆されていたら、いまごろどうなっていただろう?
 シリウスが早々にわたしとの婚約を宣言したのは、ロミオの生存を知っていたということも理由のひとつだったとわかった。
 こういう元鞘を防ぐ目的があったのだ。
 いくら当事者同士が結託したところで、婚約関係を盾に反故にできる。
 シリウスはまだ子どもだ。後ろで誰かが手を引いているのだとすれば、可能性が高いのはライアスだと思っている。

 するとシリウスは、フンッと鼻を鳴らしておもしろくなさそうな顔をした。
「ライアスから入れ知恵されているって? 別にあいつと仲がいいわけじゃない。むしろ大嫌いだ。小さい頃はよく遊んでやったけどな」
 年の離れた兄に対して、なぜいつも上から目線なのか。
 すぐこういう言葉でけむに巻いて、はぐらかすんだから!

「あなたにはほかに、どんな隠し事があるの?」
「マリアのほうこそ、まだなにか隠しているんだろう?」
「さあ、どうかしら」
 わたしたちは見つめ合って、にっこり笑ったのだった。