亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる

 ロミオはいまさらわたしになにを言うつもりなのだろうか。
 破裂玉を投げつけたあの日から、今日でちょうど一カ月ほど経過した。謝罪を要求するつもりかもしれない。

 気を利かしたのか巻き込まれたくないのか、サミュエルは部屋には入らずドアの外で待つという。
 てっきりシリウスがいるものとばかり思っていたが、部屋の中に姿はない。
「マリア!」
 ロミオは両腕を広げてこちらへ近寄ってきた。
 ネイビーブルーの目を潤ませて感極まったような様子は、これまでわたしに見せたことのない表情だ。
 ハグするつもりなのか、それとも首を絞めようとでもしているのか……。
 直前でわたしが避けたため、ロミオの両腕は空を切った。

「ロミオ様、ご機嫌麗しゅうございます」
 サッと身を翻してカーテシーで挨拶をする。
 国が滅んだ今、彼はすでに王子ではなくなっているが、それでもわたしより身分が上であることに変わりはない。

 ロミオはわたしの手を掴むと、勢いよく縦にブンブン振った。
「ありがとう、マリア」
 謝罪の要求ではなく、まさかの感謝!?

「王族で生き残ったのは俺だけなんだ。モナーク伯爵と次期伯爵も、生存は確認されていない」
 やはり陛下たちは、崩れゆく王城とともに命を散らしたようだ。そして、父と兄も……。
 わかってはいたが胸が痛む。

 ロミオは単純に、生き残った同郷の仲間に再会して感慨深いのかもしれない。
 しかし彼は、どんな言葉で慰めようかと考えを巡らせるわたしに、とんでもなく的外れなことを言った。

「俺が生き残れるように、わざとあんな騒動を起こしたのだろう? おかげで本当に命拾いした」
「ええっと……」
 ちがいます!と、即否定してもいいだろうか。
 破裂玉を投げつけたのは、ビビらせてやりたかっただけだ。
 兄には、わたしを生かそうとする意図があったように感じているけれど、わたしはそんなことを微塵も考えていなかった。
 でも、国王陛下も同じ考えだったのだとしたら……?

「ちがいますわ。わたしではなく、陛下に感謝されるべきかと」
 国王は末っ子のロミオをとても可愛がっていた。
 わたしに、あの子を信じて待っていてくれと懇願するほどに。

 ロミオがますます目を潤ませる。
「そうか! 父上とマリアが一緒に考えた作戦だったのか」

 だから、ちがうって言ってるでしょ!
 
「その思惑に気づかなかった自分の愚かさを反省している。これからは、王子でも国王でもなく『総督』という立場でエルゼアの地を治めることになった」
 ここで言葉を切ったロミオが、手に力を込めた。
「一緒に帰ろう、マリア。俺の支えになってくれるだろう?」

 なんというご都合主義。
 婚約期間ずっとわたしを毛嫌いして罵倒しつづけたくせに、一度間接的に命を救われたからといって手のひらクルーはないだろう。
 それに――。
 わたしはやんわりとロミオの手を解く。

「ロミオ様は、アドラの女性と政略結婚されるのではないですか?」
 アドラ王室が、わたしとロミオの結婚を許すはずがない。
 わたしが本当に火薬精製の知識を持っていないのか、誰もが疑っているのだから。

 するとロミオが目を伏せた。
「そこは我慢してもらえないか。俺たちが生き延びて再びエルゼアを復興するために、マリアには第二夫人になってもらいたいんだ」
「お断りします」
 即答した。冗談じゃない。

「なぜだ! エルゼアに帰りたくないのか?」
 わたしに断られるとは思っていなかったのか、ロミオが瞳を揺らして激しく動揺している。
 帰りたい気持ちはもちろんある。
 しかし、ロミオの婚約者に戻るつもりは毛頭ない。身勝手なことばかり言わないでもらいたい。

「失った信用はそう簡単には戻りません。ロミオ様とわたしの未来は、もう存在しないのです」
「そんなことを言わないでくれ。もう一度チャンスを……」
「わたしはシリウス殿下との婚約を結んでいるのです。申し訳ございません」

 再度きっぱり断ると、ロミオの表情が抜け落ちた。
 無表情で黙り込む彼にカーテシーをする。
「お話がおすみならわたしはこれで失礼します。どうぞお元気で」

 しかし、背を向けて部屋を出ようとしたわたしは、ものすごい力で肩を掴まれた。
「ひゃっ!」
 先ほど手を握ってきた時とは比較にならないほど強い力だ。
 振り向くと、ロミオは怒りに顔を歪ませて体を震わせていた。

「さては、あのチビの王子にそそのかされて火薬をアドラに売ったのだな!? おまえのような高慢ちきな女はどうせすぐに捨てられるというのに!」
 これがロミオの本音だろう。わたしは落胆しながら冷静に返す。
「あなたも火薬が目的なのですね?」
 ロミオの目がギラリと光る。
「きまってるだろう。それでも、俺の命を救いたいと思うほどの情があったのなら報いてやってもいいと思ったのに、馬鹿なヤツめ」

 そんな情などあるものか。この人はどこまでお花畑なんだろうか。
 ロミオは、わたしが冷めた目をしているのが気に入らないらしく、ますます声を荒げる。
「いつもそうやって俺を見下していただろう! こうなったら力づくでも連れて帰って、火薬のレシピを渡すまで牢屋に閉じ込めてやるからな!」

 どうしてそんな話になるのか。
 あまり手荒な真似はしたくなかったが仕方あるまい。これは正当防衛だ。

 わたしは小さく嘆息し、肩を掴んでいるロミオの手首を掴んだ。
 嘲る色を強く浮かべていた彼の表情が、虚をつかれたものへ変わる。
 腕を引っ込めようとしたってもう遅い。
 わたしは手首をギリリと強く掴んだまま、ロミオの体を引き寄せた。

「お忘れになりまして? わたしがただの馬鹿ではなく、馬鹿つよだってこと」
 耳元でささやくと、ロミオがごくりと唾を呑み込む音が聞こえた。
「待て……」
「待てと言われて素直に待つ馬鹿はおりませんわ」

 わたしは勢いよくロミオを投げ飛ばした。