馬車は南へ向かって走っている。
わたしの正面に座るシリウスは、豪奢な馬車の中でずっと肩を小さく震わせて笑い続けていた。
どうやらこのチビッ子王子、相当な笑い上戸らしい。
こっちは、窓から見える焼け野原に胸を痛めているというのに。
このあたりはのどかな農村地帯が広がっていたはずが、いまや家屋も畑も黒く焼けた焦土と化している。
季節は実りの秋。
戦場にならなければ、農作物が収穫を迎えていたはずなのに……。
まだ火が燻っているのか、細くたなびく白い煙も見える。
雲ひとつない青空がかえって凄惨さを際立たせている様子に胸が痛んだ。ここに住んでいた人たちは無事なんだろうか。
エルゼア王国とアドラ王国。両国の戦争は国境地帯の鉱物資源を巡る小競り合いに端を発し、和平交渉が決裂。互いが譲らないまま戦争へと発展してしまった。
そして二年にわたる争いは、母国エルゼアの敗戦という形で終結した。
焼け野原を悠々と走る王家の馬車は、なんとも異様な光景に見えるにちがいない。
シリウスはこのままアドラ王国へ帰還するらしい。
彼の隣には髭面騎士が腰かけている。この王子のおもり役なのだろう。
シリウスがこの年齢で戦場に来るとは、なかなか豪胆な気質なのか身の程知らずのお馬鹿なのか。
いや、こんな子どもが敵地を悠々と歩けるほどに、母国はもう風前の灯火だったのかもしれない。
いまのわたしは、亡国の捕虜という立場で合っているだろうか。
それなのになぜか王子様と同じ豪奢な馬車に乗せられているし、手枷もはめられていない。
一応、女性騎士による身体検査なら受けたけれど、無防備すぎやしないかと心配になってくる。
「ねえ、いいかげん笑うのをやめてくれない?」
子ども相手に不謹慎だとか耳障りだとか言うつもりはないが、それでもやっぱり良い気はしない。
「いや、爆弾を投げつけておいて殺そうとしていないだなんて……くくっ……おもしろすぎるだろ」
フォークが転がってもおかしいお年頃なのかもしれないけれど、いつまで笑うつもりなのかしら。
わたしが憮然とするのもおかまいなしに、シリウスはひとしきり笑ってようやく笑いを引っ込めた。
今度は琥珀色の目をいたずらっぽく細めて、こちらのペンダントを指さす。
「爆弾を至近距離で破裂させれば、みんな粉々になって確実に命を落とすんだろう?」
塔でのわたしのパフォーマンスをまだ根に持っているらしい。
あんな手に引っかかるほど、アドラには火薬の知識を持つ者がいないことを意味している。
いや、アドラだけではない。
この大陸で火薬の製法と配合および正しい扱い方を熟知しているのは、おそらくモナーク伯爵家だけだ。
しかしモナーク伯爵と次期伯爵――つまりわたしの父と兄は、弾薬庫の爆発とともに命を散らしたにちがいない。
「本物ならね」
わたしは肩をすくめる。
「本物とは?」
シリウスが、表情をスッと大人びたものに変えた。
「爆弾っていってもいろいろあるの。ロミオ様に投げつけたのは『破裂玉』だもの。たしかに火薬は使っているけど、あんな子どもだましの物で死んだりしないわ」
「破裂玉……?」
小首を傾げるシリウスが、怪訝そうな顔をする。
「派手な破裂音と白い煙が上がるだけ。殺傷能力のない小さな玉なの」
耳慣れない言葉だとしても仕方ない。
昔、わたしの祖父が作ったオリジナルのいたずらグッズのような代物だ。
『おまえみたいな爆弾令嬢のことなど、一生愛する気はないからな!』
そう言ってくるロミオに腹が立った。
顔を合わせるたびに何度も言われるものだから、いよいよ我慢の限界がきたのだ。
「だからこちらもついに堪忍袋の緒が切れて、『まあ、ロミオ様。わたしは爆弾令嬢ではなく伯爵令嬢ですわ!』と言って、破裂玉を投げつけてやったのよ」
ロミオも本物の爆弾だと思ったようで、顔面蒼白で腰を抜かし情けない姿を晒して震えていた。
いま思い返しても、あれは痛快だった。
わたしは暗殺未遂容疑の真相を、身振り手振りを交えて説明する。
「ブフッ! 勇ましいな。それで塔に閉じ込められたわけか」
シリウスは再びお腹を抱えて笑いはじめた。
やはりこのチビッ子王子は、相当な笑い上戸だ。
よくある婚約破棄は、なんら落ち度のない理由で相手から一方的に言い渡される理不尽なものだと聞いている。
ところがわたしの場合、至極まっとうな理由で婚約破棄に至ったのだ。
しかし後悔はまったくない。
シリウスは黙っていると憂いのある大人びた美少年だが、笑うと年相応に子どもっぽい。
なんだか無邪気で親近感がわいてくる――と思ったのはここまでだった。
またひとしきり笑ってそれがおさまると、シリウスはスッと目を細めて信じられないことを言ったのだ。
「よし、気に入った。今日からマリアを俺の婚約者にする」
わたしの正面に座るシリウスは、豪奢な馬車の中でずっと肩を小さく震わせて笑い続けていた。
どうやらこのチビッ子王子、相当な笑い上戸らしい。
こっちは、窓から見える焼け野原に胸を痛めているというのに。
このあたりはのどかな農村地帯が広がっていたはずが、いまや家屋も畑も黒く焼けた焦土と化している。
季節は実りの秋。
戦場にならなければ、農作物が収穫を迎えていたはずなのに……。
まだ火が燻っているのか、細くたなびく白い煙も見える。
雲ひとつない青空がかえって凄惨さを際立たせている様子に胸が痛んだ。ここに住んでいた人たちは無事なんだろうか。
エルゼア王国とアドラ王国。両国の戦争は国境地帯の鉱物資源を巡る小競り合いに端を発し、和平交渉が決裂。互いが譲らないまま戦争へと発展してしまった。
そして二年にわたる争いは、母国エルゼアの敗戦という形で終結した。
焼け野原を悠々と走る王家の馬車は、なんとも異様な光景に見えるにちがいない。
シリウスはこのままアドラ王国へ帰還するらしい。
彼の隣には髭面騎士が腰かけている。この王子のおもり役なのだろう。
シリウスがこの年齢で戦場に来るとは、なかなか豪胆な気質なのか身の程知らずのお馬鹿なのか。
いや、こんな子どもが敵地を悠々と歩けるほどに、母国はもう風前の灯火だったのかもしれない。
いまのわたしは、亡国の捕虜という立場で合っているだろうか。
それなのになぜか王子様と同じ豪奢な馬車に乗せられているし、手枷もはめられていない。
一応、女性騎士による身体検査なら受けたけれど、無防備すぎやしないかと心配になってくる。
「ねえ、いいかげん笑うのをやめてくれない?」
子ども相手に不謹慎だとか耳障りだとか言うつもりはないが、それでもやっぱり良い気はしない。
「いや、爆弾を投げつけておいて殺そうとしていないだなんて……くくっ……おもしろすぎるだろ」
フォークが転がってもおかしいお年頃なのかもしれないけれど、いつまで笑うつもりなのかしら。
わたしが憮然とするのもおかまいなしに、シリウスはひとしきり笑ってようやく笑いを引っ込めた。
今度は琥珀色の目をいたずらっぽく細めて、こちらのペンダントを指さす。
「爆弾を至近距離で破裂させれば、みんな粉々になって確実に命を落とすんだろう?」
塔でのわたしのパフォーマンスをまだ根に持っているらしい。
あんな手に引っかかるほど、アドラには火薬の知識を持つ者がいないことを意味している。
いや、アドラだけではない。
この大陸で火薬の製法と配合および正しい扱い方を熟知しているのは、おそらくモナーク伯爵家だけだ。
しかしモナーク伯爵と次期伯爵――つまりわたしの父と兄は、弾薬庫の爆発とともに命を散らしたにちがいない。
「本物ならね」
わたしは肩をすくめる。
「本物とは?」
シリウスが、表情をスッと大人びたものに変えた。
「爆弾っていってもいろいろあるの。ロミオ様に投げつけたのは『破裂玉』だもの。たしかに火薬は使っているけど、あんな子どもだましの物で死んだりしないわ」
「破裂玉……?」
小首を傾げるシリウスが、怪訝そうな顔をする。
「派手な破裂音と白い煙が上がるだけ。殺傷能力のない小さな玉なの」
耳慣れない言葉だとしても仕方ない。
昔、わたしの祖父が作ったオリジナルのいたずらグッズのような代物だ。
『おまえみたいな爆弾令嬢のことなど、一生愛する気はないからな!』
そう言ってくるロミオに腹が立った。
顔を合わせるたびに何度も言われるものだから、いよいよ我慢の限界がきたのだ。
「だからこちらもついに堪忍袋の緒が切れて、『まあ、ロミオ様。わたしは爆弾令嬢ではなく伯爵令嬢ですわ!』と言って、破裂玉を投げつけてやったのよ」
ロミオも本物の爆弾だと思ったようで、顔面蒼白で腰を抜かし情けない姿を晒して震えていた。
いま思い返しても、あれは痛快だった。
わたしは暗殺未遂容疑の真相を、身振り手振りを交えて説明する。
「ブフッ! 勇ましいな。それで塔に閉じ込められたわけか」
シリウスは再びお腹を抱えて笑いはじめた。
やはりこのチビッ子王子は、相当な笑い上戸だ。
よくある婚約破棄は、なんら落ち度のない理由で相手から一方的に言い渡される理不尽なものだと聞いている。
ところがわたしの場合、至極まっとうな理由で婚約破棄に至ったのだ。
しかし後悔はまったくない。
シリウスは黙っていると憂いのある大人びた美少年だが、笑うと年相応に子どもっぽい。
なんだか無邪気で親近感がわいてくる――と思ったのはここまでだった。
またひとしきり笑ってそれがおさまると、シリウスはスッと目を細めて信じられないことを言ったのだ。
「よし、気に入った。今日からマリアを俺の婚約者にする」



