亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる

「王太子殿下!」
「わ、わたくしたち、マリア様が暴れるのを止めようとしておりましたのよ」
「そうですわ! マリア様ったら、ワイングラスを振り回すんですもの」
「困ったものですわ、ワイングラスを投げるだなんて!」
 
 ご令嬢たちは、しどろもどろで苦しい言い訳を始めた。
 どうやら、ワイングラスを壁に向かって投げつけたのはわたしだと言いたいらしい。
 ライアスは眉間にしわを寄せて、わたしと彼女たちへ視線を走らせる。

「なにをおっしゃっているのか、わかりかねますわ。グラスを投げたのはこちらのご令嬢です」
 わたしは真犯人をビシッと扇子で指した。
「だってわたし、この通り手がふさがっておりますもの」
 ずっと手に持ったままだった果実水のグラスと扇子をひょいっと上げる。

 悪女にワインをかけられたと自作自演で被害者ぶって陥れようとする姑息な作戦は、古典的な様式美だ。
 だからももちろん、その対策を抜かりなく打っている。
 それが「両手がふさがっておりますけど?」と、身の潔白を証明すること。実にシンプルかつ強い一手だと思っている。
 
 わたしは、ライアスの高貴な紫色の目をじっと見つめた。
 さあ、あなたはどちらの肩を持つおつもりですか?と、視線で問いかける。

 するとライアスは、拍子抜けするほどあっさり白旗を上げた。
「行き違いがあったようだね。我が国の者が粗相をしたのだろう」
 さらに、ご令嬢の壁を押しのけてこちらへ近づいてくる。
「じっとして」
 なにをされるのかと思わず身構えたが、なんとライアスは、魔法で割れた破片とワインのシミを取り除いてくれたのだ。
 ライアスは柔軟な対応ができる人格者なのか、それともご令嬢たちを庇うために渋々やっているのか。
 彼の表情からは、どちらなのか読み取れない。
 ここは丸く収めたほうがいいだろう。

「きっとワインで酔いが回ってしまったのでしょう。これは誰も悪くないちょっとしたアクシデントですわ。綺麗にしていただき、ありがとうございます」
「そうだね。酔っているのなら、きみたちはもう帰ったほうがいい。衛兵に案内させよう」
 わたしの茶番にライアスも乗っかってくれた。
 しかし、柔らかい口調とは裏腹にその目は冷え冷えとしている。
 トラブルを起こしたご令嬢たちに、早く出ていけと言っているのだ。

 ご令嬢たちは顔を青ざめさせ、衛兵に連れて行かれた。
 勝ったわ!
 心の中で歓喜しているわたしへ、大きな手が差し出される。
「一曲ダンスをお誘いしても?」
 ライアスが整った笑みを浮かべている。
「光栄ですわ」
 いったいどういう風の吹き回しだろうか。
 ライアスの真意が読めない。
 その動揺をおくびにも出さぬよう努めながら、グラスをウェイターに渡して彼の手を取った。