亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる

 シリウスは、わたしよりも頭ひとつ分小さい。
 身長差を考えると、わたしがリードしなければいけないと思ったけれど、その必要はなかった。
 普段から練習しているのか、シリウスはダンスがとても上手だ。
 歩幅をぴったり合わせてくれるしリズム感もいい。腰に回された手は思いのほか力強くて、しっかり支えてくれる。

 これから成長期になれば体がぐんぐん大きくなって、ライアスのような、いやそれ以上に麗しく精悍な王子様になるだろう。
 ふと大人になったシリウスの姿が頭に浮かんできた。
 いまは柔らかくて小さなこの手が、節くれだった大きな手になって。
 わたしより頭ひとつ分背が高くて、肩幅がもっと広くなって……甘い笑顔を誰かに向けるのだろうか。
 その相手はきっと、わたしではないだろう。
 頼もしい弟を見ているような気分でワルツを踊っていたはずのに、なぜか心がモヤモヤしてきた。

「マリア?」
 ハッとして視線を下へ向けると、シリウスが怪訝そうな顔をしている。
 いけない。せっかくのダンスなのに妙なことを考えてしまった。
「なにか別のことを考えていただろ」
 心ここにあらずだったことが、この厚化粧でもバレていたらしい。
「うふふっ、あなたの将来の姿を想像していたの」
「なんだそれ」
 大人のシリウスを思い浮かべた時に込み上げてきた得体の知れないモヤモヤを、笑って吹き飛ばす。
 こうして楽しくダンスを終えた。

「シリウス、あなたとってもダンスが上手なのね」
 将来は、シリウスとダンスを踊りたがるご令嬢たちが殺到するだろう。
「マリアとのダンスは、これまでで一番楽しかった」
 シリウスが上気した顔で見上げてくる。
 あら、口説き文句まで言えるのね。将来が心配になってきたわ。
 シリウスに泣かされるご令嬢も山ほどいるかもしれない。

 ふと悪意のこもった視線を感じて振り返ると、ルルーニャがこちらを睨んでいた。
 彼女の装いは、若草色のふんわりしたドレスだ。髪は相変わらずのツインテール。
 花の妖精のようでとてもかわいらしい。
 しかしそのさくらんぼのような唇から悪態が飛び出した。

「そのドレス、ほんとに見るにたえない趣味の悪さだわ。どうしてそんなに上手く着こなしているのよ!」
 褒められているのか、けなされているのかよくわからない。
「許してちょうだい。わたしも、ここまでしっくりくるとは思っていなかったわ」
 ここで二曲目が始まる。
 わたしはシリウスの背中を押した。
「次はルルーニャ様と踊るといいわ」

 なんで俺が?とでも言いたげな顔をしたシリウスの腕に、顔を輝かせたルルーニャが飛びついた。
「やった! シリウスの次はサミュエルとも踊りたい」
「あいつは俺の警護中だから無理だ」
「えー!」
 ルルーニャは楽しそうに話しながら、シリウスをホールの中央へ引っ張っていく。
 ふたりの背中を微笑ましく見送ったわたしは、ウェイターから果実水のグラスを受け取って壁際へ向かう。
 
 腰に下げたシャトレーヌから扇子を取った時、誰かが近寄ってくる気配がした。