亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる

 アドラへやってきて二週間が過ぎた。
 火薬の精製知識を持ち合わせていないわたしにはもう利用価値がないのだから、いよいよ処刑が待っている。
 そう覚悟していた矢先、舞踏会の招待状をもらった。
 差出人はアドラ国王、実際はライアス王太子からになるだろうか。
 舞踏会は、旧エルゼア王国を統治下におく調印式と戦争の勝利を祝う祝賀会を兼ねたものだという。

「無理にとは言わないが、どうする?」
 招待状をこちらへ手渡しながらシリウスが問うてくる。
 わたしにとっては気持ちのいいものではないと、わかっているのだろう。
 その気遣いをありがたく思いつつ、しかしわたしは頭を振った。

「参加すると伝えてちょうだい。ただでさえメイドの世話を拒否して評判が悪いんだもの。これで舞踏会まで断ったら、調印に抗議していると勘違いされるかもしれないわ」
 舞踏会に参加すれば針のむしろ、参加しなくてもさらに嫌われてあらぬ噂を立てられる。
 どちらを選択しても、わたしにとって良いことはなにひとつない。
 しかし、エルゼア人はわがままで傲慢だといった印象を持たれるのは困る。
 あえて出てこいと招待するのなら、受けて立とうではないか。

「本当にいいのか?」
「エルゼアの代表として調印式に誰が出席するのか興味があるし、チラッと顔を出してすぐに退出するわね」
 シリウスは、わかったと頷いた。
「じゃあ、急いでドレスを作らせないとな」

 そうだった、舞踏会用の衣装を一式そろえないといけない。
 着の身着のままアドラへやってきたわたしは、普段着の簡素なドレスや下着もすべてシリウスに用立ててもらっている状況だ。
 これ以上の贅沢は気が引ける。
「シンプルなデザインのものでいいわ」

 そうお願いしたはずなのに……舞踏会の前日、届いたドレスを見てわたしは唖然とした。
 いかにも悪役令嬢が着そうなワインレッドのドレス。
 分厚く暑苦しいベルベット生地に漆黒のサテンリボンと薔薇飾りがゴテゴテとあしらわれている。襟ぐりには品性の欠片もない巨大な宝石類まで縫い付けられているではないか。付属品の扇子も黒い羽扇子だ。
「これは……」
 言葉を失うわたしの胸中を、たまたまその場に居合わせたルルーニャが代弁してくれた。
「うわぁ、なんて趣味が悪いのかしら」
 その通り。驚きの趣味の悪さだ。
 ドレスの箱を持ってきたサミュエルまで絶句している。

 十一歳の男児にドレスの発注を任せたのがいけなかっただろうか。
 シンプルなデザインってことだけでなく、もっと具体的に指示するか、ルルーニャに相談してほしいと頼めばよかったかもしれない。
 いまさら後悔しても遅いけれど。

 わたしたち三人の視線がシリウスに集中する。
「いや、待ってくれ! 俺はこんなドレスを発注していないからな!」
 無言の非難を受けたシリウスが、珍しくうろたえながら首を横に振った。

「俺は、ゴールドのドレスでって伝えたのに!」
「「……え?」」
 わたしとルルーニャの声がそろう。
 ゴールドの生地も相当悪趣味なのではなかろうか。

 顔を見合わせるわたしたちへ、シリウスが必死の言い訳を続ける。
「俺はただ……色を合わせたくて……」
 モゴモゴ言いながら己の髪をぐしゃぐしゃかきむしるシリウスがかわいらしくて、わたしの戸惑いが消え去っていく。
 シリウスの、金色に近い琥珀のような目の色に合わせたかったという意味だろう。

 自分の目の色と同じものを相手に身につけさせるのは、独占欲の証だと聞いたことがある。
 長年ロミオ様と婚約関係にあったわたしだが、残念ながら一度もそういったおもはゆい経験をさせてもらえなかった。
 まさかシリウスが実現しようとしてくれていたなんて!

「ありがとう。気持ちだけでうれしいわ。きっと誰かが、わたしたちの仲を邪魔したかったのね」
「言っとくけど、わたくしではありませんからね!」
 なにも言っていないのに、ルルーニャが関与を否定する。
「こんな趣味の悪いドレスの発注なんて、想像しただけで卒倒しそうですもの!」
 しかもなにやら憤慨している。美的センスを疑われるのは、彼女のプライドが許さないのだろう。
「これで失礼しますわ!」
 鼻息荒く退室するルルーニャの背中を見送った。

「どうされますか?」
 サミュエルが気づかわしげに、わたしとシリウスを交互に見やる。
 舞踏会は明日だから、今から作り直すのは不可能だ。
 となれば、答えはひとつしかない。

「このドレスで参加するわ」
 わたしはきっぱり言い切った。
「誰のどんな悪意でこうなったのかは知らないけど、売られた喧嘩は買う主義なの」
 胸を張るわたしの様子を、シリウスはおもしろそうに、片やサミュエルは戸惑いを浮かべて見つめていた。