「それが……もう死んでいるんだ」
シリウスの言葉があまりに予想外で、わたしは目を見張った。
なんと! 術者が死んでいるですって!?
通常、呪いというものは呪物を通して誰かを呪うのが基本。シリウスの場合は腕輪が呪物にあたる。
その呪物を浄化したり、破壊したり、術者が命を落としたりすれば、呪物は効力を失い呪いが解けると聞いている。
それなのにまだ呪いが続いているのは不可解だ。
「どういうこと?」
訝るわたしに向かってシリウスは肩をすくめる。
「さあな。俺を呪った相手が死ねば呪いが解けると信じてた頃もあったけど、呪物はこの通り俺を呪い続けている」
となると、呪物を浄化するか壊さなければならないのだろう。
「古い呪いらしくて浄化できる聖職者がいない。腕ごと切り落とそうとしてみたけど、なぜか剣が跳ね返されてうまくいかなかった」
シリウスが怖いことを言うせいで、背中がゾクリとする。
これが、彼がよく浮かべる大人びた表情の理由なのかもしれない。
普通の十一歳の少年とはちがう、重い物を背負っているのだ。
ここでわたしは、はたと気づいた。
「もしかして、爆弾を欲しがっているのも呪いと関係があるの?」
シリウスが唇を片方上げる。
「その通りだ」
ということは……。
「まさか、腕を吹っ飛ばそうって魂胆じゃないわよね!? それはやめたほうがいいと思うわ!」
危険すぎる。いや、たぶん死ぬ。
わたしが真剣に言っているのに、シリウスは笑いだした。
「なわけないだろう」
「なんだ、びっくりさせないでよ」
「長年つけていて気づいたんだ。この腕輪は雷の大きな音に弱いって」
シリウスによれば、きっかけは大きな雷だったという。
悪天候で雷が落ちまくった時、腕輪のチェーンが緩んでほどけそうになったらしい。
しかし残念にも、そこで雷雲が通りすぎ元に戻ってしまったようだ。
ただのわがままな王子様だと思っていたシリウスに、こんな秘密があったなんて想像もしていなかった。
長年とは、いったい何歳から……?
そんな疑問が脳裏をよぎったが、シリウスの語る呪いの説明を聞くために一旦後ろへ追いやる。
「調べてみたら『音律呪法』っていうのがあるらしい。人間には聞こえない音域の共鳴が続く限り呪いも継続する厄介な代物だ」
シリウスが腕を振ると、チェーンが硬質な音を立てる。
絶え間なく奏でられる呪いの音を止めるには、突発的な轟音が効果的というわけか。
では魔法で大きな音を鳴らせばいいという発想に辿り着くが、試しても無理だったようだ。
「魔法の類は一切受け付けない」
「ほかにはどんな音で試したの?」
シリウスが琥珀色の目を上へ向けて指折り数える。
「教会の鐘とか大きなラッパの音は、波長が合うのかむしろ共鳴している感じだった。太鼓と鍋をガンガン鳴らしたのは耳が痛くなるだけだったし、サミュエルの下手くそな歌は寒気がしただけだった」
わたしが思わずサミュエルに視線を向けると、バツが悪そうに顔を逸らされた。
シリウスもサミュエルも、いろんな意味で気の毒になってくる。
「思いつく限りのことはしてみたのね。そして、爆弾の破裂音が雷に近いって気づいたってこと?」
「そうだ」
シリウスが大きく頷く。
これで、彼がなぜ戦場にいたのか謎が解けた。
無鉄砲だったのではなく、もっと切実な理由があったのだと。
「爆弾が破裂する音はたしかな効果があった。何度かチェーンが緩んだから」
シリウスがサミュエルをチラッと振り返る。
「ただ、危ないって止められてあんまり近づけなかった」
「サミュエルの判断は正しいわ。だって死んじゃうもの」
話を聞く限りでは、一回や二回大きな音が響くだけでは意味がないのだろう。
もっと百連発花火のように爆音を浴びせ続けて、呪いの共鳴を完全に邪魔するまとまった時間を作らねばならないのだと思う。
「そうこうしているうちに、第二王子に爆弾を投げつけたご令嬢の話を耳にした」
わたしのことだ。
「至近距離で爆弾が破裂したのに王子が怪我ひとつなかったと聞いて、そんな爆弾があるならと興味を持ったんだ」
「なるほど……なるほど、なるほど」
わたしは何度も頷いた。
これですべてがつながった。
わたしがロミオに投げたのは、殺傷能力のない破裂玉。
破裂音だけは相当な大きさだから、音律呪法の解呪にはうってつけだ。
馬車の中でわたしからその話を聞いて、これだ!と思ったにちがいない。
期待させるだけさせて、火薬の作り方など知らないと突き放したのだから、シリウスをさぞや落胆させただろう。
でも仕方ない。知らないものは知らないのだから。
彼が呪いを解くために切望しているのは、爆弾そのものではなく火薬の破裂音だったのだ。
あれこれ試した結果、最後に残った一縷の希望だったのかもしれない。
それを、このお子様はなにを考えているのかと心の中で冷笑していた自分が情けない。
どうにか呪いを解いてあげられないかしら……。
事情を知ってしまったわたしは、なんだかとても申し訳ない気持ちに苛まれたのだった。
シリウスの言葉があまりに予想外で、わたしは目を見張った。
なんと! 術者が死んでいるですって!?
通常、呪いというものは呪物を通して誰かを呪うのが基本。シリウスの場合は腕輪が呪物にあたる。
その呪物を浄化したり、破壊したり、術者が命を落としたりすれば、呪物は効力を失い呪いが解けると聞いている。
それなのにまだ呪いが続いているのは不可解だ。
「どういうこと?」
訝るわたしに向かってシリウスは肩をすくめる。
「さあな。俺を呪った相手が死ねば呪いが解けると信じてた頃もあったけど、呪物はこの通り俺を呪い続けている」
となると、呪物を浄化するか壊さなければならないのだろう。
「古い呪いらしくて浄化できる聖職者がいない。腕ごと切り落とそうとしてみたけど、なぜか剣が跳ね返されてうまくいかなかった」
シリウスが怖いことを言うせいで、背中がゾクリとする。
これが、彼がよく浮かべる大人びた表情の理由なのかもしれない。
普通の十一歳の少年とはちがう、重い物を背負っているのだ。
ここでわたしは、はたと気づいた。
「もしかして、爆弾を欲しがっているのも呪いと関係があるの?」
シリウスが唇を片方上げる。
「その通りだ」
ということは……。
「まさか、腕を吹っ飛ばそうって魂胆じゃないわよね!? それはやめたほうがいいと思うわ!」
危険すぎる。いや、たぶん死ぬ。
わたしが真剣に言っているのに、シリウスは笑いだした。
「なわけないだろう」
「なんだ、びっくりさせないでよ」
「長年つけていて気づいたんだ。この腕輪は雷の大きな音に弱いって」
シリウスによれば、きっかけは大きな雷だったという。
悪天候で雷が落ちまくった時、腕輪のチェーンが緩んでほどけそうになったらしい。
しかし残念にも、そこで雷雲が通りすぎ元に戻ってしまったようだ。
ただのわがままな王子様だと思っていたシリウスに、こんな秘密があったなんて想像もしていなかった。
長年とは、いったい何歳から……?
そんな疑問が脳裏をよぎったが、シリウスの語る呪いの説明を聞くために一旦後ろへ追いやる。
「調べてみたら『音律呪法』っていうのがあるらしい。人間には聞こえない音域の共鳴が続く限り呪いも継続する厄介な代物だ」
シリウスが腕を振ると、チェーンが硬質な音を立てる。
絶え間なく奏でられる呪いの音を止めるには、突発的な轟音が効果的というわけか。
では魔法で大きな音を鳴らせばいいという発想に辿り着くが、試しても無理だったようだ。
「魔法の類は一切受け付けない」
「ほかにはどんな音で試したの?」
シリウスが琥珀色の目を上へ向けて指折り数える。
「教会の鐘とか大きなラッパの音は、波長が合うのかむしろ共鳴している感じだった。太鼓と鍋をガンガン鳴らしたのは耳が痛くなるだけだったし、サミュエルの下手くそな歌は寒気がしただけだった」
わたしが思わずサミュエルに視線を向けると、バツが悪そうに顔を逸らされた。
シリウスもサミュエルも、いろんな意味で気の毒になってくる。
「思いつく限りのことはしてみたのね。そして、爆弾の破裂音が雷に近いって気づいたってこと?」
「そうだ」
シリウスが大きく頷く。
これで、彼がなぜ戦場にいたのか謎が解けた。
無鉄砲だったのではなく、もっと切実な理由があったのだと。
「爆弾が破裂する音はたしかな効果があった。何度かチェーンが緩んだから」
シリウスがサミュエルをチラッと振り返る。
「ただ、危ないって止められてあんまり近づけなかった」
「サミュエルの判断は正しいわ。だって死んじゃうもの」
話を聞く限りでは、一回や二回大きな音が響くだけでは意味がないのだろう。
もっと百連発花火のように爆音を浴びせ続けて、呪いの共鳴を完全に邪魔するまとまった時間を作らねばならないのだと思う。
「そうこうしているうちに、第二王子に爆弾を投げつけたご令嬢の話を耳にした」
わたしのことだ。
「至近距離で爆弾が破裂したのに王子が怪我ひとつなかったと聞いて、そんな爆弾があるならと興味を持ったんだ」
「なるほど……なるほど、なるほど」
わたしは何度も頷いた。
これですべてがつながった。
わたしがロミオに投げたのは、殺傷能力のない破裂玉。
破裂音だけは相当な大きさだから、音律呪法の解呪にはうってつけだ。
馬車の中でわたしからその話を聞いて、これだ!と思ったにちがいない。
期待させるだけさせて、火薬の作り方など知らないと突き放したのだから、シリウスをさぞや落胆させただろう。
でも仕方ない。知らないものは知らないのだから。
彼が呪いを解くために切望しているのは、爆弾そのものではなく火薬の破裂音だったのだ。
あれこれ試した結果、最後に残った一縷の希望だったのかもしれない。
それを、このお子様はなにを考えているのかと心の中で冷笑していた自分が情けない。
どうにか呪いを解いてあげられないかしら……。
事情を知ってしまったわたしは、なんだかとても申し訳ない気持ちに苛まれたのだった。



