初恋は、終電の先に

 私は先輩に手を引かれてタクシーを降りた。

 先輩は振り返りもせず、早足でマンションのエントランスを抜けてエレベーターに乗った。

 無言のまま、エレベーターの駆動音だけが狭い箱の中に響いている。私は先輩の少し後ろにいるから、先輩がどんな顔をしているのか、ちっともわからない。

 エレベーターが止まった途端、また手を引かれた。

 そのまま一番端の扉まで進み、先輩が鍵を開けた。


 先輩の部屋のことは、これまで何度も考えたことがある。

 いつか来たいな、とか、お邪魔したいって言ったら先輩はなんて言うだろう、とか。



 何度となく想像したその部屋は、思っていたよりずっと冷えきっていた。

 よく考えたら、先輩は三週間ぶりに帰宅したばかりなのだから当たり前だ。

 先輩はパチパチと玄関から廊下、その奥のリビングらしき部屋まで、順に明かりを灯していく。

 部屋の入り口で先輩がカバンを下ろしたので、私も横に置かせてもらった。

 先輩らしい、さっぱりとして物の少ない部屋だった。私は先輩の後ろで、ついキョロキョロと見回してしまう。

 エアコンのスイッチを入れたところで、先輩がゆっくり振り返った。


「えっと、部屋温めておくから、先にシャワー浴びておいでよ」


 どうしようかな。

 少し迷ってから首を横に振った。


「お待たせしちゃうので、先輩が先にシャワーどうぞ。あの、メイクを落としたりもありますし……その、先輩の顔色が悪くて、不安だから」


 先輩は少し黙ってから、私の手をきゅっと握って離した。


「……わかった」


 先輩はコートを脱いで、リビングの奥の部屋へと入った。


「秋谷、こっち」


 ついていくと寝室で、大きなベッドとクローゼットがあった。クローゼットは開いていて、先輩はそこにコートをかけていた。

 私にもハンガーを貸してくれたので、着たままだったコートを脱いでかける。先輩は私の手からコートを取って、自分のコートと並べてクローゼットにかけた。


 ……やばいな。同棲してるみたいだ。先輩を見上げると、スーツのジャケットを脱いで同じようにかけていた。今日はネクタイはしていないけど、今度、着けるところも外すところも見てみたい。

 そのまま先輩はスラックスのベルトも外して、クローゼットの中の棚に置いた。

 これは、このまま見ていたらダメなやつでは?

 慌てて後ずさると、先輩はぼんやりした顔のまま欠伸をして、クローゼットを閉めた。

 手にはボトム用のハンガーを持っている。

 そのままふらふらと寝室を出ていったのでついていくと、リビングを抜けて廊下に差しかかったところで振り返った。


「じゃあ、ちょっと待ってて」


 先輩の手が伸びてきて、私の頭を優しく撫でると、すぐに離れた。

 名残惜しそうな顔をしながら、先輩は廊下の途中にある扉に入っていった。

***