初恋は、終電の先に

 ぼんやり思い出しながら歩いているうちに、駅に着いた。

 駅前の花壇ではチューリップの蕾が膨らんでいる。

 もうそんな時期なのだ。

 秋谷と再会してから、一年近くが経っていた。

 また、俺はあの子を失うのだろうか。

 十年前と同じように、泣かせるだけ泣かせて、あの子を追うこともできずに。

 ……それだけは、嫌だ。

 知らないうちに唇を噛んでいた。


 改札を抜けると少し先を歩いていた若いカップルが走り出した。

 間もなく電車が来るとのアナウンスが流れている。

 終電ではなさそうだから、まあいいかとそのまま見送る。

 今の俺には急ぐ理由も元気もなかった。

 エスカレーターに乗ると、反対側からポツポツと人が降りてきた。


 上がりきったときには、ホームはすっかり人気がなくて、いたのはベンチの前で冷たい風に髪を揺らす、愛しい君だけだった。


「……あきや」


 声を出せたのかどうかも分からなかった。

 本物だろうか。

 会いたすぎて見えた幻か何かかもしれない。

 足がすくむ。

 冷たい風が顔に吹き付けて、泣きそうな目を乾かした。

 秋谷の幻が、髪とコートを揺らしながら俺に近寄ってきて、笑顔で口を開いた。


「先輩、お疲れ様です」

「……どうして」


 秋谷はちょっと困ったように笑って、髪を抑えた。

 彼女が口を開く前に、ホームにアナウンスが響いた。間もなく終電が来るという知らせだった。

 遠くから、電車の低い音が響いてきた。


「終電……乗ろうか」


 なのに秋谷は困ったような笑顔のまま、首を横に振った。

 秋谷の手が伸びてきて、俺の手に触れた。

 冷たく冷え切った小さな手が、俺の手をぎゅっと強く握った。

 唇を噛む。

 秋谷は真っすぐに、俺を見ていた。

 電車が来た。

 ゆっくりと扉が開いて、車内の温かい空気が流れ出た。

 でも俺も秋谷も動かない。

 秋谷が口を開いた。


「終電なんか逃したっていいです。私はもっと、あなたといたい」


 喉が詰まって、言葉が出なかった。

 車掌が何か言っているのが聞こえる。

 俺はうつむいて、秋谷の手を握り返すことしかできなかった。

 扉が閉まる。


 冷たい風が吹き抜けて、俺たちは最終電車に乗り損ねた。