初恋は、終電の先に

 俺、山田尚也は、ふらふらしながら会社を出た。


 本当に酷い三週間だった。

 一週間で済むはずのトラブル対応が、お客様都合で三週間に延びて、ホテルにすら帰れない日もしばしばあった。

 こっちは寝不足の中で必死に状況を確認してるのに、客は隣でぺちゃくちゃ喋ってるし、一緒に来たのが慣れてない新人ばかりで、結局ほぼ俺一人で対応するはめになった。

 客がいたのは仕方ない。緊急でのサーバールームへの入室だったから、立ち会いが必要だったのだ。

 でも、もう一人か二人くらい、慣れてるエンジニアをつけてくれても良かったと思う。

 疲れ果てていた俺が、先ほど会社で切れ散らかして来たから、次はないと思う。

 といっても、次に似たようなことがあれば年次的に俺が責任者になるだろうから、こんなことは起きないようにしないといけない。


 慣れない街でほぼ一人で、寝ずに働き続けるのは心が荒む。忙しすぎて一日一食、それもコンビニ飯だけという日々が続いた。

 でも、なんとか帰ってこれた。途中で花沢さんやチームメンバーにはこまめに報告をしていたし、今日の夕方に帰ってきて報告もだいたい済ませたから、土日と月曜日も休みにしてきた。




 ……秋谷とも、結局三週間連絡すら取れなかった。

 二月の頭にごはんに行く約束をしていたのに、ドタキャンしたきりだ。一週間出張に行くと言ったのに、三週間も放置してしまっている。

 そもそもデータセンターは私用のスマホが持ち込み禁止だった。その上、忙しすぎてホテルにすらほぼ戻れず、二、三日に一度、深夜に寝に帰るだけで、秋谷に連絡できるような時間もなかった。



 悲しい気持ちのまま、スマホを取り出す。

 ニャインの秋谷のアイコンに触れた。俺が好きで大事にしていた本の続刊だ。秋谷がそれをわかってアイコンにしているのかと考えると、疲れているせいか、目頭が熱くなる。

 彼女との最後のやり取りは、三週間前の通話だ。

 それきり、連絡は途絶えたままだ。

 帰りの新幹線でも連絡したかったけど、移動中はずっと報告書を作らないといけなかった。そうしないと月曜日に休みを取れなかったし。


 でも、本当は怖かったんだ。


 ごはんに行こうとは言ったし、秋谷は「待ってます」と言ってくれた。

 ……本当に、待っていてくれているのだろうか。

 秋谷を疑うというより、自分に自信がなかった。

 あの子は俺の光だけど、秋谷にとって俺はどれだけの価値があるんだろう。

 三週間もなんの連絡もしなかったのに、待っていたいと思えるだけの価値が、自分にある気がしなかった。

 冷たい風が頬を撫でる。


 ぼんやりとスマホの時計を見た。

 まだ終電には時間がある。

 でも、彼女ですらない後輩に連絡するには、気が引ける時間だ。

 俺が秋谷の彼氏なら、気兼ねせず連絡できたのだろうか。

 もしそうなら、秋谷は俺に連絡をくれたのだろうか。自分から待たせておいて、なんて女々しいんだろう。

 秋谷に会いたかった。

 だから連絡ができなかった。

 もし今、秋谷に会ったら、俺はきっとあの子を帰せない。泣きながらすがりついて、そのまま連れ帰ってしまうと思う。

 考えただけで、涙が出そうだ。