初恋は、終電の先に

 山田先輩からの連絡が途絶えて三週間目に突入した。

 ものすごく忙しいらしいというのは、花沢さんと磯山先輩経由で聞いている。

 というか磯山先輩がこまめに教えてくれた。

 災害対策用のシステムを遠隔地に作っていたら、テストがうまくいかなくて、山田先輩とあと何人かで、この二週間、データセンターに引きこもり状態らしい。

 花沢さんはこちらにあるシステムの構築とテストをしていて、遠隔地とのやり取りもしているそうだ。

 でも花沢さんもかなり忙しくて、磯山先輩もあまり会えていないとぼやいていた。


「まあ、しゃあねえけどさ」

「そうですねえ」

「仕方ねえのはわかるんだけどさ」


 磯山先輩のそんな愚痴を聞きながら、私も同じような相槌を延々と繰り返していた。

 山田先輩と花沢さんはエンジニアで、私と磯山先輩は営業だ。

 職種は違うけど、弊社はエンジニアにシステムを構築してもらったり、保守してもらうサービスを提供する会社なので、私にも磯山先輩にもエンジニアの忙しさは理解できるし、山田先輩と花沢さんの今の状況のヤバさも理解できる。その分、構ってほしがるようなことを直接言えない。


 ……だって、大人だもの。

 私が忙しかったとき、山田先輩は不満の一つも言わずに寄り添って慰めてくれた。だったら私も、先輩に無理を言いたくはなかった。

 泣きたいくらい、寂しいけど。

***

 そうして、さらに一週間が過ぎようとしていた金曜日の昼休み。

 営業部で並んでコンビニ弁当を食べていた磯山先輩が、突然飛び上がった。


「秋谷、おい、秋谷!」

「なんですか、いきなり」

「帰って来るって」

「なにがです?」


 磯山先輩が慌てすぎて、なんにもわからない。

 私は空になった弁当箱に割りばしとお手拭きを詰めて、コンビニ袋に入れた。


「今さ、ゆうちゃんから連絡あってさ」


 そう言って、磯山先輩が見せてくれたスマホの画面には


『やっっっと、テスト成功! 山田くんたちも今日の午後には引き上げてくるってさ』


 と表示されていた。

 私は、やっぱりなんの反応もできなかった。

 見せられた画面をまじまじと見つめて、上から下まで三回読んだ。


「……なるほど」


 なんて言っていいかわからなくて、結局とんちんかんな相槌を打ってしまった。

 磯山先輩はそわそわと、スマホと私とを見比べている。


「秋谷?」

「はい」

「嬉しくねえの?」

「……そういうわけじゃないんですけど」


 ほんと、嬉しくないわけじゃないんだけど。


 山田先輩から「待ってて」と言われて、二週間半。

 先輩からの連絡はなく、私からも連絡をしなかった。

 送ろうかどうしようか迷って迷って、でもたくさんの送れない理由を重ねて、結局送らなかった。

 そんな言い訳ばかりの私が、先輩の帰りを喜んでいいのだろうか。

 高校生のときから先輩の不在を嘆くだけの私は、なんにも成長していない。


「いやお前、考え過ぎだろ」


 こっちはめちゃくちゃ深刻に悩んでるのに、磯山先輩はスマホを引っ込めながら、からから笑った。

 ムッとして磯山先輩を睨んだら、笑顔で見返された。


「飯行く約束したんだろ?」

「……はい」

「じゃあ、『おっせーよ! 飯行こうぜ!』って迎えに行けばいいじゃん」

「いいですかね」


 つい聞いたら、磯山先輩は太陽みたいに笑った。


「いいに決まってんだろ。仕事が終わってへろへろになってるときに、山田さんが迎えに来たら、お前どうだったの」

「……泣きそうでした」

「いいじゃん、泣かせてやれよ」


 私は馬鹿だ。

 ほんとに、馬鹿だ。

 もう大人になったのに、高校のときの失敗を繰り返すところだった。


 息を吸って吐く。

 パソコンを立ち上げて、今日の仕事を確認した。

 磯山先輩は私の分のゴミも一緒に捨てに行ってくれた。戻ってから、また花沢さんとやり取りをしていて、山田先輩のだいたいの上がり時間も教えてくれた。

 普通に終電間際だったから、私もそれまで仕事をした。

 磯山先輩も花沢さんを迎えに行くと言って一緒に残ってくれた。

 そのまま磯山先輩と二人で会社を出て駅に向かう。

 山田先輩たちの会社の最寄り駅に着くと、磯山先輩は迎えに行くからとホームから降りていった。