初恋は、終電の先に

 先輩とのごはんの約束がキャンセルになって二日後、土曜日の夜。

 マニキュアを塗りなおして乾かしていたら、スマホが震えた。


 山田先輩からメッセージが来て、


『今、電話していい?』


 というものだった。


「大丈夫です」


 と返すと、すぐに電話がかかってくる。


「ちょっとヤバイことになっててさ」


 通話を開始した途端、挨拶もなく先輩はそう言った。

 それくらい、ヤバイんだろう。

 私は聞き返さずに、相槌を打つだけにしておく。


 塗ったばかりのマニキュアが、左手の親指だけちょっとよれていた。


「明日からまた客先に行かなきゃいけなくて、えっと一週間で戻れると思う」


「わかりました。待ってます」


 ほぼ反射で答えていた。

 だって、先輩もお正月に「秋谷のことならいくらでも待つ」って言ってくれてたし。

 私だって、先輩が待っていてほしいって言うなら、待つ。待ちたい。


「戻ったらごはん行こう。一緒に飲もう。んで、飲んでベロベロに甘えさせて」

「……約束ですよ」

「うん、約束」


 そして電話は切れた。


 物分かりのいい女を演じたことを、少しだけ後悔した。

 もう少し寂しそうにしたほうがよかったかな。でもここで我慢したら、飲んでベロベロになった先輩が甘えてくれるのかと思ったら、ちょっとやそっとのことは我慢してもいいって思えたのだ。

 私はもう大人だから、高校生のときみたいに泣いて縋ったりしたくない。

 先輩を困らせたくないんだ。


 ……大人だから。


 スマホを置いて、よれたマニキュアを塗りなおそうとして、一度拭った。

 ちょっと迷ってから、ピンクがかった茶色に塗り直す。

 先輩の左手の親指のマニキュアはとっくに剝がれてしまっていたし、塗りなおしてもいなかったけど、なんとなく真似しておきたかった。

 マニキュアが乾いてから、そういえば先輩が帰ってくる頃はバレンタインだと気づいた。

 せっかくだし、チョコレートを買って待ってようか。

 スマホを手に取って、会社の近くで買えそうなチョコレートを検索した。

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