初恋は、終電の先に

 山田先輩と初詣をしたあと、一人で帰宅したら母に詰められた。


「なんで一人なの。よさそうな相手はいなかったの?」

「初詣ご一緒したくらいで実家に連れ込んだら、ガツガツしすぎて嫌がられると思う」

「何言ってるの。昨今の殿方は奥手なんだから、こっちが引っ張らないとダメなの!」


 ……たぶん、先輩に事情を説明すれば実家までついてきてくれて、この人たちにそれらしい挨拶もしてくれたはずだ。

 先輩だってご実家で似たようなことを言われたみたいだから、私が先輩のご実家でそれらしい挨拶をするのだって吝かじゃない。ぜーんぜん、ない。

 でも先輩にお願いしなかったのは、そんなことをして先輩から無理やり私への好意を引きずり出すみたいなことはしたくなかったからだ。


 私は、母のようにも、父のようにもなりたくなかった。

 母の小言を聞き流して、一月一日の夕方には実家を出た。

 カバンを抱えて駅まで行くと、同じように旅行カバンを担いだ山田先輩が改札の前で待っていた。


「お待たせしました」

「秋谷のことならいくらでも待つ。……間違えた、今来たところだよ」


 先輩はにこっと笑った。

 取り繕うのが遅いし、別にその内容なら取り繕わなくても全然大丈夫です。


「すみません、なんか付き合わせちゃって」

「いや、俺もうんざりしてたから大丈夫」

「そうなんですか?」


 先輩と並んで改札を抜け、そのままホームに向かった。

 冷たい風が吹き付けて顔が痛い。


「俺、兄がいるんだけど、去年甥っ子が産まれてさ。こっちにもプレッシャーがね」

「あー」


 想像しただけで、うんざりする光景だ。もし妹が先に結婚や出産なんてした日には、母に何を言われるかわかったもんじゃない。それをわかっているから、妹は彼氏の存在を母に明かさないのだろう。


「甥っ子は可愛かったよ。小さくてふにゃふにゃなのに温かくて、重くてさ」


 ほんと、それだけなら良かったんだけど――と、先輩は深いため息をついた。


「先輩」

「ん?」

「小さくてふにゃふにゃで温かくて幸せになれる生き物を抱っこしに行きましょう」

「なに?」


 先輩の耳元で「猫カフェ」と呟くと、先輩はふふっと笑ってスマホを取り出した。


「そうしよう。この前行った猫カフェは明日から営業らしいから、今日は飯食って帰ろうか」

「はい!」


 ホームに冷たい風が吹き込み、電車が入ってきた。乗り込むと先輩のメガネが白くなる。

 メガネを拭きながら、先輩は私を見た。ああ、写真撮りたいな……。


「明日は秋谷も猫抱っこしろよ」

「なんでですか?」


 前回は先輩の写真を撮るのに忙しくて、猫を抱っこするどころか撫でもしなかった。


「秋谷、前回俺の写真撮りまくってただろ?」


 先輩はニヤッと笑った。


「次は俺が猫と秋谷の写真撮りまくるから」

「いらないですよ、そんなの」

「いるんだよ」


 混雑した電車の中で、先輩は私をじっと見ていた。その熱っぽい眼差しから私が逃げられるわけがない。

 今年も私は、先輩に国を傾けられっぱなしになりそうだ。