初恋は、終電の先に

「せんぱーい」

「秋谷、おつかれ」


 今日も駅で、山田先輩が先に待っていた。

 私が駆け寄ると、先輩はニコッと微笑んで、小さく手を振ってくれる。


「……うん、だいぶ顔色が戻ったな」

「顔色ですか?」


 聞き返すと、先輩は苦笑した。


「金曜日の夜中に会ったとき、秋谷の顔色が土気色だったから心配してたんだよ。ゾンビみたいだった」

「そんなに……?」

「秋谷はいつもニコニコしてるから、たまにそうじゃないと心配になるんだけど、今日はもう大丈夫そうだな。爪もかわいい色になってるし。行こうか」


 先輩が歩き出して、私はその後ろをついていく。

 公園の最寄り駅で、軽く昼ごはんを済ませた。それから公園内をぶらぶらと散策した。


 秋の昼過ぎの公園は相変わらず賑わっていた。

 駆け回る子どもに、尻尾をブンブン振りながら散歩する犬。ゆっくり歩く老夫婦に、ジョギングをする人たち。

 遠くにアスレチックがあって、子どもたちが鈴なりになっているのが見えた。


「先輩、アスレチックって得意ですか?」

「得意なわけないだろ」


 憮然と顔をしかめる先輩に、つい笑ってしまった。そんなに嫌がらなくてもいいのに。


「体育嫌いでしたもんね」

「覚えてたなら聞くなよ。本当に苦手だったんだ。秋谷は?」

「私も別に好きじゃないです。一人で黙々とやるマラソンや陸上競技はいいんですけど、チームでやるものは苦手で」

「わかる……」


 消え入りそうな声で、先輩が言った。


「じゃあ、今度一緒にジョギングしませんか? 最近寝不足と食べ過ぎでお腹周りがヤバいんです」

「えー、秋谷の前でかっこ悪いところ見せたくない」


 先輩は唇を尖らせて私を見た。

 それを見た私は、ふとキスしたくなった。

 ……いやいやいや!?

 付き合ってもいないのに何考えてんの!?

 でも、先輩の唇から目が離せなかった。


「秋谷?」

「ひぇっ」


 先輩が不思議そうな顔で、黙りこんだ私の顔を覗き込んだ。

 ちょ、近い、近い……!


「大丈夫? 顔赤くない?」

「だっ、だいじょばなくもない、です……?」

「何言ってるんだよ」


 先輩はまた、ふふっと笑った。

 なのに先輩は私のことをじっと見つめたままで、目が逸らせない。


「せ、先輩……」

「ん?」

「あの、近い、です」

「ごめん」


 先輩がちょっと眉を下げて、距離を取った。違う、そうじゃない。そんな悲しい顔をさせたかったわけじゃない。


「ちが、先輩、違うんです。あの、あんまり近いと、手を出してしまうので」


 言い終わる前に、先輩の目と口がまん丸になった。

 いや、待って、それもダメじゃない?


「秋谷」

「は、はいっ」

「心の準備をさせてください」

「は?」


 見上げた先輩はそっぽを向いて、耳まで真っ赤になっていた。

 なに? 心の準備……?

 でも聞き返す前に、先輩はすたすたと早足で行ってしまった。

 ぐう、余計なこと言っちゃった。先輩が「キモくてごめん」と言う気持ちが、痛いほどにわかってしまった。


「先輩、ごめんなさい」


 慌てて追いかけて、先輩の隣に並んだ。

 先輩は私を見て、また目を丸くして、慌てて首を横に振った。

 立ち止まって、困ったような顔で私を見た。


「あ、違う、別に怒ってるとか嫌とかじゃないから。秋谷、泣かないで。俺、秋谷に泣かれるの苦手なんだよ」

「泣いてないですよ」

「泣きそうだろ。ごめん。驚いただけだから」

「いえ、私こそ、キモいことを言ってしまいまして」


 先輩の顔が見られなくて、俯いてしまう。

 愛想を尽かされたらと思うと、怖くて顔が上げられない。


「キモくないし、嫌じゃない。言っただろ。俺は秋谷以外の女の子とデートしたことも、飯に誘ったこともない。俺には秋谷だけだよ」

「……あの、それって」


 おそるおそる顔を上げると、先輩は照れたようにはにかんでいた。


「秋谷、来年はちゃんと約束をしてイルミネーション見に行こう」


 それはつまり、来年も一緒に過ごそうっていうお誘いだった。

 そんなの、答えは一つしかない。


「はい!」

「今は、またジェラート食べに行こうか。前とは違うやつ食べよう」

「食べたいです! 秋だから栗とかサツマイモのジェラートがいいな」

「きっとあるよ」


 さっきとは違って、ゆっくり歩き出した先輩と並んで、ジェラート屋に向かった。

***