初恋は、終電の先に

「あ、先輩。この中ならどの色が好きですか?」


 コンビニの棚には、塗ったあとペロッとはがせるタイプのマニキュアが売られていた。

 山田先輩は首をかしげ、少し唸ってからピンクがかった茶色を選んだ。


「秋っぽい。秋谷だし」

「じゃあ、それ買ってきます」


 水のペットボトルと、明日の朝ごはん用におにぎりを選び、購入する。

 イートインスペースがガラガラだったので、カウンター席に先輩と並んで腰を下ろした。


「……キモいこと言うんだけど、そのマニキュア、俺に塗ってくれない?」

「いいですよ。手を出してください」

「左手の……親指だけでいい? さすがに全部だと目立つけど、目につくところがいい」

「わかりました」


 ベースも塗っていないし、トップコートもない。磨いてもいないし、甘皮の処理もしていないけど、できるだけ丁寧に塗った。

 先輩の手は大きくて、熱くて、固くて、たまらなく男の人の手だ。


「どうでしょう?」

「うん、ありがと」


 塗り終えると、先輩は満足そうに親指を眺めていた。

 私が顔を上げると、窓の外のロータリーにタクシーが入ってくるのが見えた。


 先輩とコンビニを出て、タクシーに乗り込む。

 私の方が先に降りるので、先輩には奥に乗ってもらった。私と先輩の間に置かれた手の親指の先が、私の色で染まっていた。


 外では、空がゆっくりと白んできている。

 もし先輩が迎えに来てくれなかったら、きっと私はこの空を見ることはなかっただろう。


「先輩」

「ん」


 低い声が、ゆっくりと返ってくる。


「迎えに来てくれて、ありがとうございました」

「いいよ。俺が秋谷に笑っててほしかっただけだから」

「……先輩が、そう思ってくれたことが嬉しいです」

「そっか」

「そうです。私、先輩が思ってるよりずっと、先輩に頼って生きてるんです」

「……ずっとそうだと嬉しい」

「ずっとそうしてるつもりです」


 なんだろう、この会話。

 疲れと眠気とアルコールで、ぼんやりと浮かんだことを垂れ流していた。

 たぶん先輩もそうなんだろう。

 互いの顔を見ることも触れ合うこともなく、ただ言葉だけを重ねていた。


 やっぱり私は、この人のことが好きでたまらなかった。