初恋は、終電の先に

「熱燗、もうないけどどうする? お代わりする?」

「んー、もうあったまったので、違うのにします。どうしよっかな。焼き鳥と合うもの……レモンサワーで」

「了解。大ジョッキがあるから、そっちにしておくね」

「ありがとうございます!!」


 さすがです、先輩。私への理解度が高い。


 ……そこでふと気がついた。

 先輩がネクタイをつけてるし、袖もまくって七分丈にしている。

 私は体を起こして、スマホで先輩の写真を撮った。

 十枚くらい撮ってから、垂れていたネクタイを胸ポケットに入れる。それからまた十枚くらい撮る。ネクタイをもう一度垂らし直した。


「先輩、ネクタイをちょっと緩めてもらっていいですか?」

「秋谷、酔ってる?」

「このくらいじゃ酔わないです」

「シラフでその行動は、本当にどうかと思う」


 そう言いながらも、山田先輩はネクタイの結び目に手をかけてくれた。

 真顔で写真を撮りまくった。

 店員が大ジョッキと先輩が頼んだお茶を持ってくるまで無言で撮り続けた。


「はー……供給過多です。息切れしちゃう」


 スマホをテーブルに置いて、ジョッキを傾けた。

 焼き鳥のしょっぱさとレモンサワーの酸っぱさの組み合わせが最高だ。


「秋谷はちょいちょいバカだよな」

「しょうがないじゃないですか。高校のとき、写真撮れなかったですし」

「当時はスマホがなかったしね。学年が違うから、遠足とかも一緒じゃないし」

「先輩と修学旅行行きたかったなあ」


 つい唇を尖らせると、先輩がふっと微笑んだ。


「今からでも行けばいいよ。俺らはもう大人なんだからさ」

「……一緒に行ってくれますか?」


 恐る恐る見上げると、先輩はアルコールで赤くなった頬を緩めて、私を見ていた。そういう顔を見られるのも、きっと大人になった特権なんだろう。


「もちろん。秋谷は修学旅行どこだった? 俺は長崎だったよ」

「私は沖縄です。長崎で何見るんですか?」

「グラバー邸と中華街。あと阿蘇山。そっちは?」

「海で遊んで、首里城を見て、国際通りをぶらぶらしました」

「……行こう」


 先輩は口をへの字にして言った。なんでそんな真顔に?


「なにか、行きたいところがありましたか?」

「海って水着だったんだよな?」

「はい」


 少し冷めた焼き鳥をかじりながら答えた。


「うちの高校、プールなかっただろ?」

「そうですねえ。先輩、そろそろ締め、頼みます?」

「塩ラーメンで。だから、秋谷の水着姿を見たいなとは思いつつ、我慢してたんだよ、俺は」

「私は豚骨ラーメンと塩握りとイチゴのパフェにしよっと」

「俺もパフェ食べる。チョコのやつ……ごめん、キモかった」


 先輩は両手で顔を隠してしまった。

 先輩はちょいちょい感情の落差が激しいときがある。おもしろいからいいけど。


「別にいいですよ。先輩がチョコのパフェ食べたって」

「そっちじゃねえよ」

「富山の次は沖縄の海で遊びましょう。私の水着は先輩が選んでください」

「変なの選ぶと思わないわけ? 俺、ぜんぜんセンスないよ?」


 先輩は嫌そうな顔を私に向けてきた。

 それを無視して、残りのレモンサワーを飲み干し、焼き鳥も全部食べた。

 店員がラーメンとパフェを同時に運んできたから、箸を先輩に渡した。


「先輩のセンスでいいです。塩ラーメン、一口ください」

「……秋谷は俺をどうしたいんだよ」

「あんまり卑下しないでほしいです。仕事で疲れすぎてべしょべしょに泣いてた私を、こんなにも元気にしてくれたじゃないですか」

「それはたんに腹が膨れただけだろ」

「もー、そういうところです。山田先輩がイルミネーションを見せてくれて、お腹いっぱい、私の好きなメニューを頼んでくれたじゃないですか。言いましたよね、頼りにしてるって」


 先輩はむすっとした顔でラーメンを食べようとして、ふと手を止めた。

 そして私にラーメン鉢を向けてきた。ありがたく一口いただいて、私の豚骨ラーメンも先輩に味見してもらう。


「……俺はただ、秋谷に笑っていてほしいだけだよ。マニキュアも、次はどんな色を塗るのか楽しみにしてたのに、そんな余裕もなくて、しんどい顔してる秋谷を見ていられなかった」

「もう山は越えましたから、土日に出るってことはないと思います。先輩、次は何色がいいですか?」

「ピンク。最初に塗ってた桜色がかわいかったから」

「わかりました。休みの間に塗っておきます」


 そのあとは黙ってラーメンを食べて、塩握りを半分こして、パフェも半分こして店を出た。

 駅前のロータリーにタクシーがいなかったのでアプリで呼び出し、待つ間は寒さをしのぐためにコンビニで時間をつぶした。