初恋は、終電の先に

「ほんとーに、大変だったんですよぉ」

「そうみたいだね」


 私のぼやきに、山田先輩はジャケットを脱いで、ビールのグラスを傾けながら頷いた。

 その口の端についた泡をぬぐわせてほしい。


「もー、弊社エンジニアからは『ヒアリングもまともにできないバカ営業』と怒られ、お客様からは『ろくにシステムを用意しないで金だけ搾り取るクソ営業』と罵られ」

「それをマジで秋谷に言ったんなら、普通にハラスメント事案だと思うけど」

「ほぼ原文ママです。そもそも、お客様のお偉いさんがシステムを舐め腐ってるのが原因で、現場の方々は被害者でもあるから、なかなか言い返せなくて」

「まあねえ」

「うちのエンジニアだって行ってみたら聞いてた話と全然違うから、『はあ?』ってなるのも分かるんです。でも、だからといって私を罵っても解決しないんですよ」


 先輩は相槌を打ちながらサラダを取り分けてくれる。ありがたく受け取ってもしゃもしゃ食べていると、湯気の立つ熱燗が運ばれてくる。先輩はそれもお猪口に注いで差し出してくれた。


「温かい……おいしい……」

「そりゃよかった」


 お腹がじんわり温かくなってきた。お刺身と交互に飲み食いすると、あったかいのと冷たいので永遠に食べられる。焼き鳥も運ばれてきたから串からかじる。しょっぱくて美味しい。先輩はちゃんと私が好きな塩味を頼んでくれていた。最高、好き。


「だいたい私を罵るのだって、いかつくて声の大きい磯山先輩には言いづらいからです。だから現場の人たちは、こぞって私にあれこれ言ってくるんです。お偉いさんのヒアリングしたのは磯山先輩だってのに!」

「まあ、あるあるだけども」

「そうなんです。あるあるなんです。お偉いさんは、私みたいな小柄な小娘はかわいがってはくれますけど、一緒に仕事はしてくれません。ヒアリングは磯山先輩しか受け付けなくて、それ以外は全部私です。そのせいで、連中の暴言が全部こっちに来るんですよ……ふざけんな」

「よしよし、酒を飲みな?」


 先輩が頭を撫でてくれたので、ここぞとばかりに擦り寄った。

 いやほんと、マジでふざけんな。


 こっちは仕事だから、できる限り笑顔で、はいはいと話を聞いてやってるだけだ。

 お前らの八つ当たりを受け止めるほどの給料、もらってないっつうの!!

 受け取ったお猪口を傾けると、先輩がすぐにお代わりを注いでくれた。


「んもー、この数週間、私に優しくしてくれるのは山田先輩だけなんです。なんなのあいつら、仕事だよ仕事! なにもこぞって私ばっかりに言わなくてもいいじゃないですか。弊社エンジニアにカス仕事を行かせてるのは申し訳ないとは思いますけど、別に私だって『この仕事はカスだからあいつらにやらせたろ』って考えてるわけじゃないんですよ。悪かったからって下手に出てれば、調子に乗りやがって……」

「そもそも、行ってみたら聞いてた話と違うなんていくらでもあるけど、秋谷のところのエンジニアはなんでそんなに切れ散らかしてるのさ」


 山田先輩がグラスを傾けながら言った。

 スマホでその顔を撮ってから、私もお猪口を傾けた。流し目ありがとうございます……っ。


「いやー、最初の要件定義のときに、お客様の現場担当者からめちゃくちゃに罵倒されたみたいで」

「あらー」

「その後、エンジニアと現場担当者で再度打ち合わせをしたんですが、やっぱり空気が最悪で、最終的には罵り合いになってしまって」

「……それ、撤退しちゃダメなんだっけ?」


 山田先輩の当然の指摘に同意しかない。当然、磯山先輩と私も営業部の上長に状況を報告して撤退を勧めたし、上長も撤退やむ無しと理解してくれた。

 エンジニア側の部門長もそれで納得してくれたのに、納得しなかったのはお客様の上役だった。

 最初に提示した価格が魅力的だったのと、磯山先輩をいたく気に入ってくれたから、らしい。


 でもね、最初に提示した価格じゃ、御社の現場に納得してもらえるシステムは用意できないのよ……。


「私たちは撤退する方向で話を進めてるんですけど、先方が納得してくれなくて」

「大変だねえ、よしよし」

「ほんとですよ、もー! 先輩が毎日メッセージでよしよししてくれるから、ぶち切れずに仕事できてます。ありがとうございます」


 言いながら先輩にもたれかかって、頭を撫でてもらった。

 あー好き。癒される。

 先輩のペットになりたい。

 でもそれだと他の女が先輩の彼女になっちゃうからダメだ。もし先輩の部屋に私以外の女が入ってきたら、噛みついてしまう。