初恋は、終電の先に

 十月半ばのその日の午後、磯山先輩の仕事用のスマホに一本の電話がかかってきた。


「申し訳ございません! すぐにおうかがいいたします」


 磯山先輩はスマホを置くと、焦った顔で私を見た。


「この前始まった案件でお客さんブチ切れなんだけど」

「どれです?」

「これこれ」


 磯山先輩が案件をパソコンに表示してくれたので、私は画面を覗き込んだ。


「これ?」


 OSを入れた機械を納品するだけの、さほど高くもない案件にしか見えない。

 なにか怒るようなことがあるんだろうか?

 予定表には、今日からエンジニアとお客様との打ち合わせと書かれていた。


「なんかエンジニアに要件が伝わってないっぽい。とにかく行こう」

「了解です」


 私は磯山先輩と一緒に会社を飛び出した。

***

 深夜、私はヘロヘロのままパソコンを叩いていた。


「終わらん……終わらん……」


 ぼやく私の隣で、同じようにヘロヘロの磯山先輩が白目をむいていた。


「言うな……止まない雨はねえんだ」

「いつ止みますかね」

「さあ、年内には……」


 要するに、先方の認識違いらしい。

 弊社にシステムの発注をかけた客先のシステム部員と、実際に磯山先輩とやり取りしたシステム部の上役とで、想定に差があったらしい。

 部員さんたちは社内システムの保守をしてきた方々で、すぐ使える状態で納品してほしいというのが要件だった。でも上役はシステム周りがさっぱりで、


「社シス? OSさえ入っていればあとは自分たちでいいように構築するでしょ? 自分たちが使うシステムなんだから」


 という認識で発注をかけたらしい。

 それが今日の午後から始まった要件定義で発覚して、担当営業である磯山先輩とその補佐をしていた私が呼ばれた……という流れだ。

 呼ばれた先では、


「やる気あんのか」


 とぶち切れるお客様と、


「これっぽっちの予算で何ができると思ってんだ」


 と切れ返す弊社エンジニアがいて、一触即発の地獄みたいな空気が漂っており、磯山先輩の話術と、私が半泣きで上役を呼び出すことで、どうにか話の全容が見えてきた。


 そういうわけで、私と先輩は先ほどまで上役と先方の社シス部員にそれぞれヒアリングしていた。

 明日も行かないといけないし、明日までに今日のヒアリング内容の取りまとめもしないといけない。

 時計を見ると日付が変わる直前で、どう頑張っても終電には間に合いそうになかった。


 私は私用のスマホを取り出して、山田先輩に


「終電すら間に合わなさそうです」


 と泣きつくようなメッセージを送っておく。

 もしかしたら先輩から優しい慰めの返事がくるかもしれない。

 内容によっては待ち受けにしておこう。

 というか、先輩の写真を待ち受けにしておこう。

 もはや隠す必要もないし。


 薄暗い営業部内で、明かりがついているのは私と磯山先輩の席だけだ。

 磯山先輩はコーヒーを買いに行っていて、そのうち戻ってくるだろう。


 そうしてまたパソコンに手を伸ばした瞬間、スマホが震えた。