初恋は、終電の先に

 たらふく飲み食いして、磯山先輩が花沢さんを送ると言うから、二人とは駅で別れた。

 改札に向かおうとしたら、山田先輩に引き止められる。


「この路線からだと遠回りだから、少し歩こうよ」

「そうですね。私も飲み過ぎちゃいましたし」

「俺の分まで飲んでくれたからだろ」


 並んで歩き出すと、アルコールで火照った顔を、夏の風が撫でていった。

 夏の夜の街を、先輩と一緒に歩いていく。周りには同じように酔っ払った社会人ばかりだ。


「……あのさ」


 赤信号で止まったとき、山田先輩が低い声で言った。

 答えずに先輩を見上げる。先輩は無表情で赤信号を見ている。


「さっきの磯山さんって、秋谷と親しいの?」

「まあ、新人の頃からお世話になってますけど」


 先輩は何も言わない。


「でも、私が入社したときには、結婚予定の彼女さんがいらしたんですよ」

「……うん」

「だから、仕事中はお世話になってますけど、それだけです」


 やっぱり先輩は何も言わず、青になった信号を見て、横断歩道をいつもよりゆっくり歩いていた。

 街灯が点々と私たちを照らしていて、その狭間では先輩の横顔すら見えない。


「仕事外でご一緒したのは今回が初めてですし、他の女性をけしかけるくらいには興味ないです」

「そうなんだ」

「ええ。単純に顔が私の好みじゃないので……私は丸顔で、メガネで、一重で、穏やかな人が好きなんです」

「秋谷は趣味が悪い」


 泣きそうな声で先輩が言った。


「十年前から言われてます。私の友達にも、先輩のお友達にも」


 通りは、いつの間にか人通りが減って、住宅街へと差し掛かっていた。

 大きなマンション群を抜けると学校があった。

 私たちが通っていた高校ではないし、たぶん中学校とかだけど、それでも先輩と学校の横を歩くのは不思議な気分だ。

 あの時とは違って夜だし、私たちは制服じゃなくて、スーツとオフィスカジュアルで並んでいた。

 ……でも、変わらず先輩は優しくて、自信がなくて、そんな先輩が好きで仕方ない。


「先輩」

「ん」

「私と行きたい場所ってありますか?」

「秋谷とならどこでもいいけど」


 先輩は立ち止まって、校舎を見上げた。

 真っ暗な校舎はちょっと怖いけど、先輩が一緒だし。


「富山はすぐには行けなさそうだし、猫カフェ、行きたいな」

「行きましょう」

「俺、猫に嫌われるんだけど」

「エサ買えばいいですよ」

「そうだな……大人だし」

「ふふ、大人ですから」


 先輩は歩き出さないまま、黙って校舎を見上げていた。


「高校の時にさ、俺体育嫌いだったんだ」

「言ってましたね」

「でも、体育祭は秋谷が応援してくれたから、頑張ったんだよ」

「……そうだったんですか」

「まあ、頑張ったところで大した結果じゃなかったけど。でも、うん、頑張ってよかったって思ってる」


 先輩はそう言って私を見た。

 逆光で、先輩がどんな顔をしているのか、わからない。


「秋谷」

「……はい」

「ありがとう、今もあの時も、俺といてくれて」

「いますよ。ずっと、先輩と一緒にいます」

「……うん、ありがとう。帰ろうか」


 歩き出した先輩と一緒に、駅に向かった。


 駅のホームには、夏の終わりらしいひんやりした風が吹いていて、汗ばんだ先輩の髪をそよそよと揺らしていた。

 思わずスマホを向けた。カメラの音に、先輩が振り向く。

 先輩は目を丸くして笑った。

 もう一度カメラのボタンを押す。


 最終電車が秋の風を連れて、ホームに滑り込んできた。