初恋は、終電の先に

 数日後の金曜日、ビアガーデンのある駅で、俺はそわそわしながら立っていた。

 先ほど秋谷から


『今、会社出ます!』


 と連絡が来たから、あと五分そこらで来るはずだ。

 そんな俺の隣で、花沢さんがにこにこと笑っていた。


「後輩ちゃんも先輩連れてくるんだよね? どんな人かな」

「さあ……頼りになる人だって言ってたけど」


 正直言って、全然面白くない。

 あの子が頼りにするのは、俺だけでいい。でも、会社も職種も違うから、仕事中に俺が助けられることなんてなんにもない。まあ、仕事以外でも俺が頼りになることなんてないけど。

 テンションが駄々下がりのまま突っ立っていたら、秋谷がやってきた。隣に、スーツ姿の男性を連れて。


「山田せんぱーい」

「秋谷、お疲れ」

「お待たせしました、先輩。花沢さんも、今日はよろしくお願いします」


 秋谷はいつもより大人びた表情で花沢さんに頭を下げた。

 この子、こんな顔もするのか。

 新鮮なようで、少しおもしろくない。

 それから秋谷は隣に立つ男性を手で指した。


「こちら営業部の先輩の磯山さんです。私が新人のころからお世話になってます」

「どうも、磯山です。今日は便乗させてもらってすみません。でも飲むのが好きなので、楽しみにしてました。よろしくお願いします」


 なんというか、さわやかなイケメンだった。

 年は三十過ぎだと秋谷からは聞いていた。

 背は俺と同じくらいだけど、俺とは違ってがっちりしてて、営業職だからかよく日に焼けている。

 髪はさっぱり短くて、人当たりのいい笑顔を俺と花沢さんに向けていた。


「こちらこそ、急にお誘いしてしまってすみません。山田と申します。俺はあんまり飲めないので、たくさん飲んでもらえると助かります」

「そうなんですか。秋谷と飯に行ってるって聞いたので、てっきりザルなのかと……」

「ちょっと、磯山先輩、そういうこと言わないでもらえますか?」

「……もしかして、山田さんの前では飲んでないの?」

「いえ、普通にがぶがぶ飲んでるんで、秋谷がザルなの知ってます」

「……以後気を付けます」


 秋谷が唇を尖らせて、俺を見上げた。

 思わず伸ばしたくなる手を、ぎゅっと握りしめる。


「何をだよ。いいよ。おいしそうに飲んでるの、かわいいからそのままで」

「山田くん、さらっといちゃつくね」


 花沢さんがいたのを忘れていた。

 できればこのまま秋谷と二人にしてほしいけど、そうもいかないので、四人でぞろぞろビアガーデンへと向かった。


 駅ビルの屋上にある入口でチケットを渡し、席へと案内された。企業用シートらしく、結構広い。屋根付きのテーブルの真ん中には焼き肉屋みたいな網が置いてある。カウンターで肉や野菜を受け取って、その場で焼いて食えるらしい。

 今回は企業シートだけど、外周はカウンター席になっていて、おひとり様用とカップルシートで仕切りが設けられていた。


 次は秋谷とカップルシートに座りたい。

 秋谷が飲み食いするのを真横で眺めながら、ちまちま食べたり飲んだりするのは、俺にとって至福の時間なんだ。


「席、どうしましょうか」


 幸せな妄想は、秋谷の無慈悲な一言であっさり破られた。

 磯山さんが苦笑して答えた。


「初対面の女の子の隣も申し訳ないし、秋谷は俺の隣で我慢してくれ」

「あー、じゃあ俺と磯山さんでビールや食べ物取ってくるから、秋谷と花沢さんは火をつけておいて」

「りょうかーい」

「お願いします」


 イケメンの隣を歩くのは、本当に嫌なんだけど、仕方ない。

 秋谷がニコッと笑って見送ってくれたから、俺は言いたい諸々を全部飲み込んで歩き出した。