初恋は、終電の先に

「ていうか俺、秋谷に焼き魚好きって言ったっけ?」


 席に案内されて注文を済ませると、間を置かずに先輩が口を開いた。


「聞いてはいないですけど、定食屋とか居酒屋に行くといつも頼んでるから、好きなんだろうなって思ってました」

「よく見てるね」

「十年前から見てますよ」


 そう言ったら、先輩はむすっとした顔で視線を外した。


「……知ってる。秋谷がほっけと焼き鳥が好きなのも知ってる」

「先輩も見てくれてたんですか」

「十年前からね」


 さらっと言って、私を見ないまま先輩は笑った。なんだか、ずるい。

 山田先輩は、私が自分のことを好きで仕方ないのをわかったうえで言っている。間違いない。


「ていうか、この間大丈夫だった?」

「あー、まあ、なんとか」


 先日ドタキャンしてしまったときのことを、軽く話した。大したことじゃないけど、定時後に呼び出されるのはやっぱりうんざりする。しかも先輩との約束があったのに。


「先輩もお忙しそうですよね」

「本当だよ。いや、転職したって言っただろ? 経験者の中途採用だから、会社の雰囲気に慣れるためにもってあれこれ頼まれちゃって」


 先輩はげんなりした顔でぼやいた。


 なんだか、先輩のそういう話は新鮮だった。

 今までは高校の思い出話が中心で、仕事のことや愚痴はあまり聞く機会がなかった。


「先輩、頼られてるんですねえ」

「どうかな。いいように使われてるだけだよ」

「ふふ、私の会社の技術部に先輩がいたら、用事がなくても通っちゃいます」

「ああ、高校のときもわざわざ三年の廊下通ってたもんな」

「そんなこと忘れてくださいよ」

「無理。そわそわしながら俺のクラス覗いててかわいかったから」


 先輩はくすくす笑いながらお茶を飲んだ。

 そんなこと……してたけど。

 もし先輩が同じ会社にいたら、間違いなく同じことしちゃう。


「転職したって業界はまったく同じだし、やってることも変わらないはずなんだけど、やっぱり少しずつ違ってて、慣れるまでがなかなか大変でさ」

「そういうものなんですね」


 先輩の愚痴に相槌を打っていると、料理が運ばれてきた。


 先輩は相変わらずきれいに魚を食べていた。

 箸遣いが丁寧で、ずっと見ていたくなる。動画に撮って、家で一人でごはんを食べるときに流しておきたいくらいだけど、発想が普通にキモいので我慢、我慢。


「秋谷」

「……はい」

「見てねえで、自分の分を食べなさいよ」

「すみません、つい」

「こっちの魚、一口いる?」

「いいんですか? ください。私の方もどうぞ!」


 先輩が私の皿にほぐした魚を一切れ乗せてくれた。


「い、いただきます……」


 ……関節キスだな、なんて中学生みたいなことを考えながら口に運ぶ。そのせいで味なんて全然わからない。もったいない。絶対おいしい魚だったのに。

 先輩が笑顔で私を見ていた。


「えっと、美味しいです。ありがとうございます。私の分も、どうぞ」


 先輩が差し出してくれた皿に私の魚を乗せると、先輩は気にする様子もなく口に運んだ。

 ……まあ、いい年した大人だし。平静を装って、箸を進めた。