初恋は、終電の先に

 そうかな。そうかも。

 ぶわっと一際強い風が吹いて、電車が入ってきた。

 ゴールデンウイーク初日だからか、思ったよりも混んでいる。

 先輩に続いて乗ったけど、後ろからも人がどんどん乗ってきて、なかなかの混み具合だ。


「先輩、ごめんなさい、押しちゃって」

「全然大丈夫。もうちょっとこっちにおいで」

「失礼します……」


 お言葉に甘えて、先輩にぴたりとくっついた。やばい、心臓が破裂する。今ここで破裂したら、先輩も巻き添えで破裂するかな。そうだと嬉しい。

 ふと顔を上げたら、先輩が顔を赤くしていた。


「わ、ごめんなさい、重いですよね」

「そんなことない、全然大丈夫」

「大丈夫って顔じゃないですけど」

「……本当に大丈夫だから」


 慌てて体を離そうとしたら、先輩の手が私のカーディガンの袖口を掴んだ。

 咄嗟のことで反応ができない。

 喉からカエルが潰れたみたいな変な音が出た。

 先輩は赤い顔のまま、私をじとっと見下ろした。


「秋谷は、よく過剰供給って言うけど、それ、こっちもだから」

「ひえ」

「……えっと、今日の服、かわいい。似合ってる」

「あ、ありがとうございます……?」


 お互い真っ赤になって、冷や汗をだらだらかきながら、それでもぴったりくっついたまま電車に揺られていた。

 恥ずかしくて今すぐ電車から飛び降りたいような、でもあと二時間くらいこのままでいたいような。


 テンパっているうちに、気づけば電車は目的の駅に着いていた。

 大きな公園があるからか、扉が開いた途端、人が一気に流れ出した。


「わわ」

「秋谷」


 よろけそうになったとき、山田先輩の手が私の背中を支えてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「ごめん、行こうか」


 大きくて熱い手が、ぱっと離れていく。


「は、はい……」


 見上げた先輩の耳は真っ赤で、私もたぶん同じくらい赤くなっていた。




 そのまま、お互いそわそわして、顔を引きつらせて、まともに会話もできないまま、人波に流されて公園まで来てしまった。

 目的のごはん屋さんはその向こうだけど、早く着きすぎて、まだお店は開いていない。

 二人で案内板の前で立ち止まった。


「山田先輩」

「うん」


 お互い、蚊の鳴くような声だった。

 意を決して、顔を上げた。


「あの、これってデートだと思っていいですか」

「……いいよ。ていうか、俺はそう思って誘ったから」


 私も先輩も、全然そんな顔じゃない。お互い、睨むみたいに見つめ合っていた。

 やがて先輩が、顔をしかめたまま小さく口を開いた。


「あのさ、飯食ったら、公園ちょっと散歩しよう。腹ごなしに」

「お願いします。あの、今も時間ありますし、ちょっと歩きませんか。お腹すかせておきましょう」

「うん……ごめん、なんか緊張しちゃって」


 ようやく先輩が、少しだけ笑ってくれた。

 私も力が抜けて、思わず顔が緩んだ。


「大丈夫です。私も緊張して手汗ヤバイです。デートなんて、したことないですよ」

「あ、そうなんだ」


 二人で笑い合って、そのまま公園の案内板に目を向けた。

 公園は溜池を囲むように広がっていて、花畑やアスレチック広場、ちょっとした林なんかがあるらしい。

 私の家から遠くはないけど、来るのは初めてだ。


「とりあえず、店の方に向かって歩こうか」

「はい!」


 先輩と一緒に歩き出した。

 ゴールデンウイーク初日の公園は子連れも多いけど、バーベキュー広場があるからか、大学生の集団や社会人グループもけっこう多い。

 並んで花壇を見ている老夫婦や、ドッグランがあるからか犬と一緒に走っている人もたくさんいた。


「気持ちのいい公園ですね」

「そうだな。初めて来たけど、いいところだ」

「ねえ……あの、今さらなんですけど、先輩って彼女います?」

「いない。いたことない」

「よかった……って言っちゃダメですね。えっと、でも先輩に彼女がいなくて、デートできて嬉しいです」


 恥ずかしすぎて、先輩の顔が見られない。

 なんだこれ。

 心臓がうるさくて、周りの喧騒が遠くに聞こえる。

 周りの景色を見る余裕もないまま、お店に着いた。入り口には何人か並んでいる。


「俺らも並んでようか」

「そうですね。あの」

「うん」


 どうしよう。声をかけたのに、何も言葉が浮かばない。

 顔を上げられなくて、自分のつま先ばかりを見ていた。


「先輩の今日の服、お似合いです」

「……ありがと」

「この間はドタキャンしてしまって、すみません。でも、誘っていただけて嬉しかったです」

「ううん。俺が秋谷とデートしたかったんだ」


 やっと顔を上げると、先輩がとろけそうな笑顔で私を見ていた。


「先輩、私――」


 言いかけた瞬間、ガラガラと音を立てて店の扉が開いた。


「お待たせいたしました。順番にご案内します」

「……行こうか」

「はい」


 惜しかったような、ほっとしたような。

 私は先輩と並んで、席へと案内された。