初恋は、終電の先に

 ……そのことを、十年以上経った今でも、後悔している。


 だからこそ、偶然再会できた今、俺は何が何でも彼女に伝えなければならなかった。

 幸いなことに、秋谷は俺のことを覚えていてくれて、あのころと同じ笑顔を向けてくれた。

 なんとか連絡先も交換し、たまに食事に行く仲にもなれた。

 もう三十歳を過ぎたのに、いまだに卑屈になる癖が抜けない。そうなると秋谷が怒ってくれて、それがどれだけ俺を救っているのか、あの子はわかっていない。


 ――今日はまあ、仕方ない。

 お互い大人で、仕事がある。

 スマホの向こうの秋谷は本当に残念そうにしていたから、あまり困らせたくなかった。

 もちろん俺だって残念で仕方ない。

 なにしろ、秋谷が


『山田先輩、魚好きですよね? 美味しそうなお店を教えてもらったのでご一緒しませんか?』


 と連絡をくれたんだ。

 俺は秋谷に食べ物の好みの話なんてしたことがない。

 確かに魚は好きだけど、刺身ではなく、俺の好みの焼き魚が人気の店だった。

 それが本当に嬉しかったんだ。

 俺もあの子も大人だから仕方ないことはあるけど、今度は諦めない。

 仕方ないで終わらせる気はなかった。



 一人暮らしの部屋に帰り、スマホを取り出した。転がしたカバンから、使わなかったネクタイがはみ出していた。


 秋谷が送ってくれた二件の店のうち、今日予約していなかった方はランチのメニューも豊富で、近くには大きな公園があるらしい。

 もうすぐゴールデンウイークだし、その間、一週間会えないのは寂しい。

 ニャインのアプリを開いた。

 俺が好きな本の続刊の書影をタップする。

 文章を何度も考えては消し、無難で重くならない誘い文句をなんとかひねり出して、送信ボタンを押した。


 あの子は、まだ俺を好きでいてくれるだろうか。

 そうだとしても、きっと俺の方があの子を好きで、俺の方が君を手放せないのだと、どうにかして伝えたい。


 ……俺はもう、君を逃がさない。


 薄暗い部屋で、明かりもつけずに、秋谷の送ってくれたメッセージを見つめ続けた。