初恋は、終電の先に

 その後、秋谷は図書委員になり、俺の前に戻ってきた。


 最初の委員会のとき、図書室の隅で一人適当に座っていると、秋谷がきょろきょろと周囲を見回しながらやってきた。

 隣には一年の男子がいて、同じように周囲を見回していた。秋谷は俺に気づくと、ぱっと花が咲いたように笑い、大きく手を振った。


「山田先輩……!」


 離れた席にいた同じクラスのもう一人の図書委員の女子が、ぎょっとした顔で俺と秋谷を見比べていたが、彼女はそんなこと気にもせず俺の隣に座った。


「こんにちは、山田先輩。また会えて嬉しいです」

「……こんにちは」

「勝手に座っちゃいましたけど、大丈夫でしたか?」

「大丈夫。俺の隣に座りたい人なんていないから」


 つい捻くれたことを言うと、秋谷はきょとんとした顔で俺を見上げてきた。


「じゃあ私が一番乗りですね。今後もここは私の席です」

「……物好きかよ」


 秋谷はにこにこしながら、手にしていたノートと筆箱を机の上に丁寧に並べていた。



 委員会のときはずっとそんな調子で、秋谷は俺の後をついて回っていた。

 そうでないときも、廊下で会えば笑顔で駆け寄ってきて、よく懐いた子犬みたいだった。

 いっそ本当に子犬だったらよかったのに。そうすれば、周りの目なんか気にせずに頭を撫でることも、抱き寄せることもできたはずだ。

 秋谷は球技大会や運動会でもずっと俺の応援をしていた。

 体育なんか大嫌いだったけど、秋谷が大きく手を振って「山田先輩!」と呼んでくれるなら、なんでもできるような気がした。

 実際は今までどおり何もできなかったけど、それでも秋谷が応援してくれるから頑張れた。

 文化祭のときも、秋谷は不安そうな顔で


「あの、どこか一時間だけでもいいので、一緒に回ってくれませんか?」


 と、控えめに声をかけてきた。

 馬鹿だなあ。俺の予定を気にする子なんて、秋谷しかいないのに。

 そうして、秋谷奈月は高校三年のたった一年しか一緒にいなかったのに、俺の心の柔らかい場所をすべてその色に染めてしまった。

 今もそうだけど、秋谷本人にその自覚はなさそうだ。

 俺はあの子がいるから生きていけるのに、あの子はそんなことにも気づかず、今も昔も俺の迷惑にならないかばかり気にしていた。
 結局、互いに肝心なことは何も言わないまま、卒業式を迎えた。


「せんぱい、卒業しないで……」


 秋谷はその日、図書室で会ったときからずっと泣いていた。

 俺の学ランの裾を、手が白くなるまで握りしめて、おいおい泣いていた。

 友達が気を利かせて、


「第二ボタン、渡してやれば?」


 と言ってくれたから外そうとすると、


「ボタンなんかいらないから、せんぱいいなくならないで」


 そんなふうにさらに泣かれて、女の子に泣かれたこともなく、慰め方もわからない俺にはどうしようもなかった。


 ……本当は、ちゃんと伝えればよかった。

 好きだと。

 付き合ってほしいと。

 俺を君の彼氏にしてほしい。そうすれば卒業してもそばにいられると、言うべきだった。

 言えなかったのは、俺が臆病だったからだ。

 たとえばクラスの女子にキモいとささやかれたことや、席替えのときに「隣、山田かよ」と顔をしかめてつぶやかれたこと、中学のときにバイキン扱いされた記憶が溢れかえり、誰よりも大事な女の子に、言わなければならないことすら言えなかった。


***