初恋は、終電の先に

 それはそれとして、先輩と魚を食べに行きたい。

 翌日の昼休み、私はスマホで焼き魚のおいしい店を探していた。


「魚食いたいの?」


 隣の席の磯山先輩が、私の手元をひょいと覗き込んだ。


「はい。焼き魚を食べに行きたいのですが、なにかおすすめはありますか?」

「えっと、ちょっと待ってな」


 磯山先輩がパソコンをかちゃかちゃ操作すると、すぐに会社用のスマホが震えた。


「それ、魚系の飯屋の一覧」

「ありがとうございます!」

「次の飲み会の幹事、秋谷だろ? 俺が行きたいところに丸つけといたから」

「お任せください!」


 これが仕事のできる営業マン……。

 送ってもらったリストから、焼き魚がおいしそうな店を確認していく。二つまで絞って山田先輩にサイトを送っておいた。定時前に返事が来たから、先輩が行きたい方を予約して任務完了。

 あとは明日、早めに上がれるように根回しするだけだ。

 ……そう思っていた時もありました。




 翌日の定時目前、お客様から急な呼び出しを受けた。


「秋谷、約束があるんだろ? 俺だけで行くから」


 磯山先輩は眉を下げて私を見たけど、私は首を横に振った。


「そうはいかないですよ。私も担当ですから。でも、約束をしてるので、連絡だけしてきていいですか?」

「じゃあ、こっちで資料印刷しとく」

「すみません。五分で戻ります」


 私は私用のスマホを手に、エントランスまで移動した。

 ぎりぎり定時くらいの時間だけど、山田先輩は電話に出てくれるだろうか。

 エントランスは帰る人たちでにぎわっている。ざわめきの中、先輩はすぐに電話に出てくれた。


『もしもし、秋谷?』

「山田先輩、ごめんなさい。今日行けなくなっちゃって」

『マジか。仕事?』

「はい。急な呼び出しで……予約していた店はキャンセルしておきます。他の方と行かれます?」

『いや、秋谷と行きたい』

「すみません、本当に。今度、埋め合わせします」

『いいよ。無理しないで』

「してません。私が先輩とごはんに行きたいんです。また連絡します」

『……わかった。行ってらっしゃい』

「山田先輩……えっと、行ってきます」


 優しすぎる反応に、思わず「好きだ」と言いたくなった。でも、そのまま飲み込んで電話を切った。

 残念だけど、仕方ない。

 帰る人たちの波をかき分けて、執務室に戻る。

 磯山先輩から受け取った資料をカバンに突っ込んで、そのまま会社を飛び出した。