初恋は、終電の先に

 そう思っていたのに、翌日は私が客先から直帰になった。

 仕事が終わったのが定時ギリギリで、会社に戻って事務作業をするつもりだったのに、一緒に外出していた磯山先輩から


「今日は帰っていいよ」


 と言われたのだ。

 いつもならありがたいけど、今日はちょっと微妙……。

 磯山先輩と別れて、すぐスマホを取り出した。

 山田先輩に直帰だとメッセージを送ると、すぐ返事が来た。


『今どこ?』

「え、えっと……」


 駅名を送ると、またすぐに返事が来た。


『俺今○○駅。帰社しようと思ったけど、やっぱり帰る』


 今いる駅と、家の最寄り駅の間だ!

 慌てて、ちょうどホームに入ってきた電車に飛び乗った。



 電車の中で、そわそわしたまま数十分。

 電車がゆっくりホームに滑りこむ。ついドアの窓にへばりついて、山田先輩を探してしまう。

 ――そして、見つけた。

 ガタンと揺れて、電車が止まった。

 山田先輩は列の先頭で並んで待っていた。


「おつかれ」

「お疲れ様です!」

 我ながら顔が緩みまくってた。先輩は私の顔を見て、ふっと笑った。

「秋谷、尻尾振ってそう」

「あったら全力で振ってますよ」

「相変わらずだな、ほんと」


 もし私が犬だったら、全力で山田先輩にじゃれつきにいくのに。でも先輩、猫派なんだよねえ。

 今日は車内が混んでて、並んで座れない。でもそれはそれで、山田先輩と並んで立っていられるし、電車の揺れにまぎれてちょっとくっつけるから問題ない。もうちょっと混んでても、全然大丈夫。


「秋谷、明日もこれくらいの時間に上がれる?」


 山田先輩が「そういえば」と前置きをして私を見た。

 頑張れば上がれなくもないけど……いや、ちょっと厳しいかな。


「今日よりプラス一時間くらいで、上がれると思います」

「ならいいか。明日は金曜日だし、帰りに飯食いに行こうよ」

「行きます!!」


 つい声を張ってしまって、周りのサラリーマンたちにじろっと見られた。山田先輩は片手で口元を押さえてうつむき、肩を震わせた。


「す、すみません……えっと、ご一緒させていただけたら嬉しいです」

「あはは、いいよ。どこにしよっか。秋谷っていつもどの駅で電車乗るんだっけ」


 先輩は笑いながら、ポケットからスマホを取り出した。

 そして、私が乗る駅名をスマホで検索している。


「駅前にチェーンの居酒屋がいくつかありますから、そこで……あ、でも今の時期だと学生が多くて騒がしいかもしれません。えっと、駅と駅の間になっちゃいますけど、個人でやってるお店もあります。先輩、お酒飲めますか?」

「嗜むくらいかな。詳しいんだ?」

「営業なので」


 そう言うと、山田先輩は目を細めて私を見た。


「いや、子犬みたいについてきてた女の子がずいぶんしっかりしちゃって……先輩はちょっと寂しいです」

「な、なに言ってるんですか……えっと、じゃあここがいいかな。おつまみがおいしいんですよ」

「そこにしよう。仕事終わったら連絡してくれ。そっちの駅まで行くから」

「わかりました。えへへ、楽しみにしてます」


 窓には穏やかに微笑む先輩と、三十前とは思えないくらい緩みきった私の顔が並んで映っていた。ちょっと恥ずかしいけど、嬉しすぎてどうしようもなかった。

***