「バカみたーーい!!」
―――友達のいない寂しい中一、それが私・一色奈々。
好きな食べものは焼肉とマカロンで、苦手なのはキノコ。
そして、嫌いなものは―――『色』。
―――『色塗りができればカンペキだよ! ガンバレ!!』
それが、私に向けられた『評価』。
絵は得意なのに、色塗りが壊滅的に駄目なせいで図工は嫌いだった。
だけどそんなある日、鉛筆で描いた絵を褒められたんだ。
でも色塗りが終わって、鑑賞が始まったとき。
―――『色塗り下手くそ』
―――『鉛筆だけの方が上手かったじゃん』
―――『もう、一色には白一色の方が似合うんじゃない?』
一色という苗字をいじられて、一色じゃなくて一色と呼ばれるようになった。
つまらなくて嫌な日常だった。
それもこれも、色塗りが下手なせい。
そして全ては、『色』があるせい。
だから、
「もう色なんて無くなっちゃえーーー!!」
ストレスを吐き出すように、大きな声で叫んだ。
「はーっ、はーっ……」
息切れしてしまって、一気に息を吸い込んでいると。
「「「「「はあぁっっ―――!?」」」」」
私の真正面のマンションの上階から、怒号まがいの台詞が飛んできた。
「ひゃあぁぁぁぁっっ!!」
私は目を瞑って悲鳴をあげたけど、ふと目を開ける。
『真正面のマンション』―――その名も、プリズム・レジデンス。
お金持ちの人しか住めないくらいの高級マンション。
そこから声がするなんて……もしかして、大声が迷惑だったかな?
怒られるっ―――と首を縮こめた、そのとき。
「お前今、色が無くなれって言ったか―――っ!」
「へ……?」
一つの透き通るような声が、怒気をはらんだ言葉をこちらに投げかける。
「もう。詩杏ってば怒らないで〜」
「そういう浅緋が一番怒って見えるぞ」
「ワタシの知識としては、怒りというのは、いわゆる腹立ちのことですね」
「えぇ……あれ、えっと……僕達なんで怒ってるんだっけ、濡羽ぁ」
次々と耳に飛び込んでくる綺麗な声に、私は目を回した。
なに、なんなのこれ……。
「―――えっと……。 ……だ、誰、なの……」
訳が分からない、けど。
どこの誰かも分からない相手に怒られる筋合いなんて、ないはずだ……。
「私は、一色奈々です!!」
人に尋ねるならまず自分からって習ったから、先に名乗る。
「……青柳詩杏」
マンションから出てきた、耳上までの青髪の、恐ろしく目鼻立ちの整った男子。
マンションから出てきただけなら、他人だとも考えただろうけど……。
他にいないくらいの美声だったから、『さっきの人』だって分かった。
後ろにも、四名、男子が立っている。
「僕、山赤浅緋っ」
彼・浅緋くんは、どこか強い自信を感じさせるような、可愛らしい赤髪男子。
「俺は、緑埜千草といいます」
彼の言動の端々から、礼儀正しさを感じられる。その緑髪は、名前の通り千草色だ。
「ワタシは黒木濡羽」
ワタシ、の発音が印象的で、艶やかな黒髪をサラサラと揺らして、博識そう。
「えぇとぉ……自分は、黃葉雌黄」
黄髪の、雌黄くん。 雌黄くんだけスローモーションに見えるくらいの、おっとり具合。
一見するとバラバラそうな五人だけど、たった一つ存在する共通点。
それは―――全員、ビジュが神がかり的なこと……!!
「て、えとあの、ど、どど、どーして色がなくなれに怒ったのっ!?」
考えてみれば、色が無くなったって、世界がモノクロになるだけじゃん。
本の挿絵みたいで、それはそれで面白いかもだし。
別に良くない?と、私は首を傾げる。
「え〜っ……! 奈々ちゃん、正気? この僕にそんなこと言うなんてっ……」
「浅緋、彼女は正気だと思いますよ」
「奈々ちゃん。僕たち、色が無くなっちゃうと困るんだぁ」
「……ん、黃葉の言うとーり」
「あぁ。だって俺たちは―――」
「すすす、すとーっぷ!!」
勢いのまま話す彼らに、脳内がショート寸前。
手を押し出して、そう叫んだ。
「なんで、そんなに怒ってるの……?
だだ、だって、色が無くなっても、そんなに悪いことなんて、無―――」
「―――俺たちは『色』なんだ!!
俺たちにとって色がなくなるのは、死ぬのと一緒なんだよ」
「い、ろ……? し、死ぬのと一緒なんて、そんな……」
迫力ある表情の詩杏くんを頭ごなしに否定できず、しどろもどろになる。
「ほんとだよ。僕等、いわば『色の化身』なんだ〜」
と、浅緋くん。
―――色の、化身。 にわかには信じ難い。
でも、イケメンの視線×五が注がれると、信じないとは言えなくて……。
「…………分かった、貴方達は色の化身なんだね?」
「そうですね、ワタシたちが色の化身という解釈で間違いありません」
「俺たち以外にもいると思うが……今は、この五人しか知らないな」
「そう、自分たち、五人で楽しく暮らしてるんだぁ」
と、雌黄くんは楽しげに笑った。
「……そ、そうなんだね……」
私は、苦笑いで相槌を打って…………ハッとした。
「ごめんなさい……い、色が無くなっちゃえ、なんて言って……」
「…………許さない」
「ちょっ、何言ってんの詩杏!? 謝ってくれたんだし、別にもういいじゃん!!」
「今回は浅緋に同意だ。 彼女は反省しているし、これ以上怒る必要はない」
「そうですね、奈々さんは謝罪の言葉を口にしたので、許して良いと思います」
「そうだよぉ。そんなに怒るようなことじゃないよ詩杏くん、許してあげて」
「……ううん、……そう、だよね…………本当にごめんね、みんな」
「ううん、僕怒ってないから大丈夫〜」
「俺もだ」
「ワタシも、同意です」
「自分も、怒ってないよぉ。 ねぇ、詩杏くんも……―――」
「……―――俺の考えは、お前たちとは違う。俺はまだ許してない」
「ちょっと詩杏!! 奈々ちゃんはもう反省してるんだよ? そんなに怒らないでよ!!」
「…………だから。 かわりにしてほしいことがある」
「な、なに……? 私にできることなら、するよ……っ!!」
「なら。 俺の―――『恋人』のフリをしろ」
「へっ……!? わ、私が、詩杏くんの、恋人のフリを……」
「俺は、親に許嫁を決められたのが嫌で家出して、プリズム・レジデンスに来た。
それでそのとき、『もう恋人がいる』って言っちゃったんだ。
でも、そろそろ親にここがバレそうなんだ。
もしウソだってバレて、ここが取り壊されたら……こいつらに迷惑かけるだろ」
「っ……」
詩杏くん一人のことならいいって、思ってたわけじゃないけど。
自分がここで首を横に振る行為が全員の負担だと思えば、それは容易じゃない。
「嫌だとは思う。 でも俺は、本当にお前を求めてるんだ」
―――求めてる、でもそれは私じゃなくて、『恋人』なんでしょ?
どうしたって、そんなふうな捻くれた考えが消えない。
それはきっと、分からないからだ。
出会ったばかりの詩杏くんが、私なんかを必要とする理由が。
「な、……なんで、私なの? 詩杏くんなら、もっと相応しい人が―――」
「いない。それに俺は、お前にこいつらのことを知ってほしい」
「どういうこと……」
詩杏くんの言葉に、目をパチパチと瞬かせた。
「…………浅緋と千草は仲が悪い。理由が分かるか?」
「え……な、なんでなんだろっ……?」
突如として出題された問題に、首を傾げる。
「補色だからだよ」
補色って何……と腕を組む私を見て、詩杏くんはふっと笑みを浮かべた。
「補色が何か、分かるか?」
「……ううん」
少し考えて、首を横に振った。
「補色とは、カラーサークル上で真反対の位置にある色同士のことですね。
ちなみに、マグロなど身が赤い魚の刺身に、大葉やシソが添えられるのは、
身の赤と大葉の緑が対比し、刺身が美味しそうに見えるからなんですよ」
濡羽くんが、あっという間に解説してしまった。
「ほぇ〜、知らなかったぁ……なんていうか……すごく、凄い……面白いね……」
何の面白みもない反応をした私を見て、詩杏くんはニヤリとした。
「今、色が面白いって言ったな?」
「い、言ったよ……?」
フッと得意気な表情をされ、若干不満を持ちながら頷いた。
「色が無くなればいいのにって、今でも思うか?」
っ、あ……!!
そういえば私、色が嫌いだったのに……で、でも!
「……色が無くなれとは言わないよ、今は。 でもまだ、色は苦手」
色塗りが苦手なのは変わってないし、色を好きってわけじゃないもん。
「俺たちが一緒にいれば、色や色塗りのこと、教えてやれる。
そうすれば、色を―――俺たちを、好きになってもらえる」
「すっ……!? なな、なるわけないよっ……私、色なんて大嫌いだったもん」
「だった、だろ? 今に大好きにさせてやるよ」
詩杏くんって、自意識過剰なんじゃないの―――!?
イケメンで、モテモテなのは間違いないだろうけど〜〜……。
「だから。―――どうか、付き合ってください」
「っ……!!」
そうだった。そういえば、そんな話をしてたんだった。
さっきまでなら間違いなく断ってた、でも―――。
「―――はい」
詩杏くんのお陰で、色を『大嫌い』じゃなくなったのは事実。
だから……もっと色んなことを知りたいって、思っちゃったんだ。
「い、いのか……?」
「だからぁ……そう言ってるじゃんっ……!!」
目を丸くした詩杏くんを見て少し恥ずかしくなり、誤魔化すように言った。
「詩杏ってばデリカシーな〜い。 改めて聞くなんて、奈々ちゃんを辱めたいの?」
「はあ? それ、俺のこと遠回しに侮辱してるだろ」
「え〜? そんなことないよ〜??」
「あ゙? 浅緋、俺に喧嘩売ってる?」
「ど〜かな〜〜?」
チッと舌打ちをした詩杏くん。
予想外に煽りスキルの高い浅緋くんを見て、苦笑いする。
「そうだぁ、えっとぉ……奈々ちゃん。連絡先交換しない?」
「いいよっ、雌黄くん!!」
「あ〜、抜け駆けなんてずる〜い! 奈々ちゃん、僕とも交換しよ!!」
「じゃあ、俺とも交換してくれないか……?」
「では、ワタシとも交換しましょう」
「おっけー。 えっとね―――」
みんなに囲まれて幸せを感じながら、スマホを取り出す。
POMEというメッセージアプリに、四つのアイコンが加わる。
雌黄くんの名前は[SI_O]で、庶民的なメロンパンの写真をアイコンにしていた。
自撮りがアイコンの浅緋くんは、[☆ASAHIiii☆]という、iが三個も連なった名前。
千草くんは、シンプルに[千草]。 アイコンも初期のもの。
そして真っ黒なアイコンは濡羽くんで、名前のところには[KuRo]と書いてある。
個性豊かな四人の姿を見て、思わず笑みが溢れる。
そうしているうちに、私はあることが引っかかり、首を傾げた。
「あれ……そういえば、詩杏くんは、交換しないの?」
「俺は、その……」
「詩杏、言っちゃえばいいじゃん。 ね〜奈々ちゃん?」



