#アイツから奪ってみた


動画投稿サイト・Noiz(ノイズ)の投稿者は、Noizr(ノイザー)と呼ばれる。

当然素人から玄人までいて、差は歴然としている。


そんな投稿者の中でも、途轍もなく人気なNoizr―――その名は、Poison(ポイズン)

PoisonのファンはPoisoner(ポイザナー)と呼ばれ、Poisonerは全国に述べ数千万人。


そしてなんとPoisonには、専用のハッシュタグがあるのだ。



―――【#アイツから奪ってみた】。



Poisonは、このタグのみを使用する。

そして人気を博しているのだ。


だけど、一人の投稿者専用のタグなんて、意味がないはず。

それにも関わらず、全国のNoizrはそれを静かに認めていた。

いわく、他人がそのタグを使えば『制裁』が下るらしい。

その上、『制裁』の詳しい内容を知る人間は存在しない。

それがNoizrの恐怖を掻き立てているのだろう。


だからって……と、俺は鉛筆を指の上でくるくると回す。


奪ってみた、なんて泥棒もいいところだ。

なのにどうして、だれも通報しないんだろう。

そのとき、ふと思い出したのは、俺が唯一見た、Poisonの投稿。

【#アイツからキーホルダー奪ってみた】という動画だ。


それには、『警察、警察……』と言いながらスマホを触る女子が映っていた。

その途端、スマホが手から滑り落ち、道路に飛び出し―――潰れた。

これが、Poisoner内で一時期『Poison通報現象』と話題になっていた行為。

スマホが大事だから、誰も通報しないってことか……。


俺の指先のアイコンには、デフォルメされた『N』の文字。 Noizのアプリだ。

そのまま、いくつかのNoizrの投稿を視聴する。

軽快なテンポで進む動画ばかりで、目が自然に動画を追っていった。



「ちょっと錦平(きんぺい)、スマホばっか触ってないで、勉強もしなさい!!」


少し涸れた声が背後から聞こえ、危うくスマホを落とすところだった。

「うわっ、母さん、勝手に入ってくんなよ!!」

「あんたが動画ばっかり見てるからでしょー!?」

「うっさい!! じゃあ動画見る以外に、何すればいいんだよ!?」

「勉強しなさいよ!!」

「はぁー!? なんで俺がそんなことしないといけないんだよ」

「あたし知ってるからね、錦平のテストの点数!!」


その瞬間、散々な点数だったテストを思い出し、体がギクリと音を立てた。

Noizを見たときの明るい感情が、急速に苦々しい気分へと変化する。


「分かったよ、やればいいんだろ!? あーもう、サクの家行ってくる!」

―――サクもとい乙野瀬(おとのせ)朔斗(さくと)は、俺のクラスメイト。

生粋のお坊ちゃんって感じで、いつもきれいな声で俺に寄ってくる。

それだけじゃなく、驚くほど頭もいいから、親のお気に入りだ。


「えー……、本当に勉強するんでしょうね!?」

「当たり前だろ」

「あーもう……。ハイハイ、じゃあ朔斗くんによろしくね。お菓子持っていきなさい」

母親の言葉に、内心『よっしゃあっ』とガッツポーズした。


「……いってきまーす」

言いたくないけど、怒られるから言う。 それが俺にとっての挨拶だ。

そして手に持っているのは、小さいトートバッグ。

ノートと教科書、消しゴム、スマホ、そして気に入ってるシャーペンが入れてある。

これは、一万をゆうに越す値段の代わりに持ちやすくて書きやすい『タルト』。

このシャーペンは壊れるまで使うつもりだし、壊す気もない。

これは誰にも渡さない……と、カバンの上から愛犬、否『愛シャーペン』に触れた。


と、そのとき、目の前の信号が赤に変わり、俺は思わず舌打ちした。


「―――っ、ひっ……」

か細く悲鳴をあげたのは、知らない女子だった。

大きくて細い丸メガネをかけ、髪を三つ編みにしている小学生くらいの女子。

お前に対しての舌打ちじゃねぇ……と面倒に感じつつ、近くに寄った。

何をしようとも思ってなかったし、謝るつもりじゃないんだけど、なんとなく。


「あっ……」

今度はなんだ、と片眉を上げて彼女をちらりと見る。



「しゃ、シャーペン、貸してもらえませんかっ……?」



数秒して、それが自分に向けられた言葉だと分かる。

「はぁ!?なんで俺が、初対面のお前に貸さなきゃならねぇんだよ」

「ごめんなさいっ、でも、友達に出すお手紙に、私の住所を書き忘れてたんです」

「なら、直接渡しに行くか、帰って書き直せばいいだろ」

厚かましい奴……と、思わず眉間に皺を寄せた。

「でも、その子のお家は県外なんです。それにもうすぐ、引っ越しなんです」

今から出さなきゃなんです、と涙目で言われ、流石に駄目とは言えなくなる。

周りの目も気になり、数秒迷った後カバンを探った。

「……はい」

ぶっきらぼうにシャーペンを手渡す。


「わーっ、ありがとうございます!!」


大喜びでシャーペンを持ったその女子。

女子に振り回されたシャーペンを、俺は虚しい思いで見つめた。

やめてくれ、せめてもっと丁寧に持ってくれ……。

俺の想いは気にせず、女子は雑な持ち方でシャーペンを使い出す。

「できましたぁ!!」

その言葉を聞くや否や、俺はシャーペンをひったくるようにして取り返した。


「……チッ」

どこからか聞こえた舌打ち。

俺は眉をひそめ、気を取り直すようにしてシャーペンを撫でさすった。

「タルトぉ……」

無事でよかった、と、不格好になりながら安堵する。



「―――それ、芯詰まってな〜い?」

「…………はあ?」

後ろの方から聞こえた女の声。おおよそ高校生で、耳下の長さの金髪だ。

正直『またかよ』と思ったし、溜め息を吐いて無視しようと思った。

でも、愛するシャーペン『タルト』に文句をつけられては、確かめずにいられない。


「……っ、ちっ…………マジか」

舌打ちを繰り出した後、俺はがっくりと項垂れた。

ほんとに詰まってる……て、そんなことより。

「なんで分かったんだよ?」

俺ですら気づかなかったのに、パッと見ただけのこいつが、どうして……。


「なんとなくぅ〜。てか、アタシがシャーペン直してあげよっか〜?」

「え、いいんすか!? お願いしますっ」


「おっけ〜。 じゃ、それ貸してよ〜」

「はいっ」

笑いながらタルトを指差す彼女に、ササッと差し出した。



「あざ〜す」



ぱっと響いたその声に、他の人は気づかない。

なんでか分からず、首を傾げ―――ハッとした。


―――いなくなってる。


え……。

ヤバい、なんで?


「というか、シャーペン!!」

俺は叫び、辺りをキョロキョロと見回す。

と、そのとき。 紙切れが、ふと足元に飛んできて絡まった。


【#アイツからシャーペン奪ってみた】

と印字された紙は、封筒だったよう。

中を震える手で開くと、そこには


【はじめまして、私はPoisonです】
【突然ですが、貴方は今回の投稿のターゲットでした】
【そして封筒にも書きましたが、頂戴したのはシャーペンです】
【ありがとうございました】
【注. 貴方に、投稿への拒否権はありません】


と綴られた小さな紙が。

拒否権ないって、そんな……とは感じるけど、笑えない。