人生何が起こるかわからないって、このことだよね。
首謀者は間違いなくママだし、実行犯はお兄ちゃんだった。
でも、どういうわけか、サツマさんはお兄ちゃんの味方をしてくれた。
デリバリーの仕事を真面目にやっていて、母親にそそのかされただけなのだと。
わたしたち兄妹のことをよく公園で見かけていて、いつも同じ服を着てお腹をすかせている様子だったといった。
明らかにネグレクトだけど、どこに住んでいるかわからないし、児童相談所に通報するのもためらわれて、気がかりだったらしい。
なので、お兄ちゃんは刑務所に入るのはまぬがれた。
それで、わたしたちは今、どうしているかというと、わたしとお兄ちゃんはあの豪邸で暮らしている。
サツマさんのおうちだ。
それが自分のうちになったのだ。
お兄ちゃんは事件から一ヶ月後、18歳の誕生日を迎えた。
お兄ちゃんは成人し、なんと、サツマさんと結婚した。
実はサツマさんは離婚して独身だったのだ。
子供がほしくてもできなくて、わたしたちを養子として迎え入れたかったけど、当然ながらママは反対した。
お兄ちゃんとサツマさんが結婚するのが一番手続き的に楽なんだって。
そしてもうひとつ、実は……、があって、サツマさんは弁護士だった。
だから、自分でも稼げるし、法的なことも全部任せられた。
それでわたしたち兄妹は地獄のような生活から抜け出せたんだよね。
「陽和はサツマさんのところに来てどう思った? オレはさ、こう思ったんだよ。親ガチャに当たったら楽勝だなって」
お兄ちゃんはそういったけど、わたしは『楽勝』とは思わなかった。
サツマさんには勉強を頑張りなさいっていわれてる。家庭教師までつけてくれて。
今からでも遅くないんだって。
「今から頑張ればなんにだってなれる。私も事情があってスタートが遅れたけど、こうやって弁護士の資格を取れたんだから」
って、サツマさんがいうわけ。
やっぱ、生きて行くには頑張るのが必須なんだ。
いったん頑張るのやめたいっていったら、サツマさんはどう思うだろう。
私はこんなに頑張ってるのにって、ママみたいに言うのかな。
中学受験には失敗して失望させてしまったから、いい子にしていなくちゃいけない。
ここにおいてもらえないとなったら、わたしは施設送りだもん。
実情、わたしままだママの籍から抜けてないし、ママがまだ刑務所にいるからお兄ちゃんと一緒に暮らしているにすぎない。
だからわたしは頑張らないといけないんだ。
施設だって前の生活よりは充分満たされているんだけど、ここと比べたらいいところとはいえない。
もうこんな生活をしたらさ、戻れないよ。
わたしが欲深くなっているのは、あのカードのせいかなって、たまに思い出す。
ヘンゼルとグレーテルのカード。
お兄ちゃんがあのカードをママから渡されて、狂いはじめたって、いってたの。
「願いが叶うカードだっていって渡されたけど、呪いのカードだったよ」
あのカードに触れると、邪悪な心がどんどん増幅されていくんだって。
「陽和はあれに触れなくてよかったよ。もしかしたら、悪い魔女をかまどにぶっこんでいたかもしれないな」
「え? どういうこと?」
「どうやら、ヘンゼルとグレーテルの物語になぞって、身の回りで事が起こるらしい」
つまり、わたしは悪い魔女から逃れるために、かまどに押し込むとかなんとかして命を奪っていたかもしれなかった、ってこと?
とんでもなく恐ろしい話に身が震えた。
わたし、ちょっとだけ触れてしまったけど、大丈夫かな。
今さら触れてしまったことを伝えられなかった。
そもそも悪い魔女って、誰? ママじゃないよね。
お菓子の家に住んでるっていったら、サツマさんのことかもしれないし……
お兄ちゃんは安心しきった顔でいった。
「でもさ、この物語はもう終わったんだ」
なんだか、憑き物が取れたみたいにすがすがしい。
「あの物語の最後って知ってる?」
有名な物語だから考えるまでもなく答えた。
「魔女から逃げて家に帰るんだよね」
「そうだよ。魔女の家から金目の物を盗んで帰るんだ。兄妹を捨てた親の元に帰って、めでたしめでたし、だってさ。そこが許せないところだけどね」
お兄ちゃんが許せなかったのが、盗みを働いたことなのか、それとも捨てた子供が金品を持ちかえってきたから家に住まわせてあげていることをさすのか、わからない。
どちらにしたって、わたしたちの物語もそこで終わっていたらと思う。
だけども……
お兄ちゃんにとっては終わりでも、わたしはまだ終わりではないのかもしれない。
ある日、唐突にママがサツマさんちを訪ねてきた。
チャイムが鳴ってモニターを見ると、そこにママが立っていたのだ。
メイクもしてなくて肌のつやも悪いけど、目だけがギラギラしていた。
「やっぱり来たのね」
一緒にモニターを見ていたサツマさんがいった。
「ママ、刑務所から出てきたの?」
「そうよ。念願叶ってひとりになったというのに、あなたを引き取りに来るなんて傲慢よ」
念願……
そうかもしれない。
ママはわたしたち兄妹を邪魔者扱いしていた。
ろくに食べさせてもらえなかったし、服も買ってもらえなかった。
どこからか入手したお金は全部自分で使ってたし、わたしたちがいない方がいいと願っていただろうに、どんな顔してやってこられるというのだろう。
『陽和を返せ! アンタのやってることは誘拐だ! 訴えてやる! ここを開けろ!』
ママが外で騒いでいた。
サツマさんがわたしの両手を取って視線を合わせた。
「陽和ちゃん。ママのこと、許せる? ママを選んでその後、どんな暮らしになるか想像がつくでしょう? きっとあの女はなにも反省してない。また同じ事の繰り返しよ」
サツマさんのいうことは正しい。
母親としての責任が果たせるのはサツマさんのほうだ。
「わかってる」
わたしはサツマさんの手を握り返した。
サツマさんが子供がほしくてわたしたち兄妹に近づいてきたのもわかってるし、強引な手段を取っているのもわかってる。
サツマさんが魔女なのか……
ママが魔女なのか……
ふつふつと腹の底から何かが湧いてくるようだった。
どちらを排除するかは、わたしが決めるのだ。
「サツマさん、わたしに任せて。ママの扱いなら、わたしのほうがよく知ってるから」
わたしはサツマさんに笑顔で返して表に出て行った。
ママは門扉が開くのを待ち構えてガッチリわたしをつかんだ。
強引にわたしを引きずる。
「ママ、痛いよ。どこに連れて行く気?」
「……とりあえず実家に帰るわよ。あんなところ、戻りたくないけど、仕方ないでしょ」
「ちょっと待って。わたしの話も聞いて」
「なんなの、この裏切り者が!」
すぅーっと、わたしの心に悪魔がやって来たような気がした。
これが邪悪ってやつなのか。
ママの心にはずっと住み着いているようだけど、わたしのところにもやっぱりやってくるんだなって思った。
「ママはくやしくないの?」
「は? なにいってるの?」
「お兄ちゃんを奪われて、くやしくないの?」
不意を突かれたようだった。
ママは少し冷静になって足を止めた。
「お兄ちゃんはサツマさんと結婚したから、もしサツマさんの身に何かあったら、この家の財産は全部お兄ちゃんのものだよ。でも、わたしには一円も入らない」
ママの頭の中で色んな考えが巡っているようだった。
なにが、一番自分にとって得であるのか。
「お兄ちゃんのことはもう信用できないでしょ? 財産を独り占めされるくらいなら、わたしもその半分をせしめてやろうと思うの」
「どうやって?」
「サツマさんの養子になるの」
ママは不快そうに顔をゆがめた。
「バカバカしい……」
「ママが許可したら、それが可能になる。そうしたら、わたしは大学まで行かせてもらえるよ。学費は全部サツマさんの負担で。いい大学出たらいいところに就職できるし、いっぱい稼げるよ」
ママは迷っているようだった。
その幸せの渦中に自分も加われるのか。
いや、でも、息子が離れていったように、娘も離れていくのではないか。
ママがわたしを信用できないっていうなら、それも当然。わたしもママを信用してない。
「ママと一緒に暮らすのはそれからでも遅くないよね?」
わたしがママともう一度いっしょに暮らす未来なんて、ほんと、考えられないんだけどね、夢だけは見させてあげる。
「ねぇ、ママ」
ママに選ばせてあげているようだけど、本当はちがう。
もうこれは決まり事なの。
ママとサツマさんどちらが魔女なのか、どちらを切り捨てるのか、あるいは両方いなくなってほしい?
――最終的に決めるのはわたし。
「もしママが生き延びたいなら、わたしのいうこと、聞くしかないと思うよ?」
首謀者は間違いなくママだし、実行犯はお兄ちゃんだった。
でも、どういうわけか、サツマさんはお兄ちゃんの味方をしてくれた。
デリバリーの仕事を真面目にやっていて、母親にそそのかされただけなのだと。
わたしたち兄妹のことをよく公園で見かけていて、いつも同じ服を着てお腹をすかせている様子だったといった。
明らかにネグレクトだけど、どこに住んでいるかわからないし、児童相談所に通報するのもためらわれて、気がかりだったらしい。
なので、お兄ちゃんは刑務所に入るのはまぬがれた。
それで、わたしたちは今、どうしているかというと、わたしとお兄ちゃんはあの豪邸で暮らしている。
サツマさんのおうちだ。
それが自分のうちになったのだ。
お兄ちゃんは事件から一ヶ月後、18歳の誕生日を迎えた。
お兄ちゃんは成人し、なんと、サツマさんと結婚した。
実はサツマさんは離婚して独身だったのだ。
子供がほしくてもできなくて、わたしたちを養子として迎え入れたかったけど、当然ながらママは反対した。
お兄ちゃんとサツマさんが結婚するのが一番手続き的に楽なんだって。
そしてもうひとつ、実は……、があって、サツマさんは弁護士だった。
だから、自分でも稼げるし、法的なことも全部任せられた。
それでわたしたち兄妹は地獄のような生活から抜け出せたんだよね。
「陽和はサツマさんのところに来てどう思った? オレはさ、こう思ったんだよ。親ガチャに当たったら楽勝だなって」
お兄ちゃんはそういったけど、わたしは『楽勝』とは思わなかった。
サツマさんには勉強を頑張りなさいっていわれてる。家庭教師までつけてくれて。
今からでも遅くないんだって。
「今から頑張ればなんにだってなれる。私も事情があってスタートが遅れたけど、こうやって弁護士の資格を取れたんだから」
って、サツマさんがいうわけ。
やっぱ、生きて行くには頑張るのが必須なんだ。
いったん頑張るのやめたいっていったら、サツマさんはどう思うだろう。
私はこんなに頑張ってるのにって、ママみたいに言うのかな。
中学受験には失敗して失望させてしまったから、いい子にしていなくちゃいけない。
ここにおいてもらえないとなったら、わたしは施設送りだもん。
実情、わたしままだママの籍から抜けてないし、ママがまだ刑務所にいるからお兄ちゃんと一緒に暮らしているにすぎない。
だからわたしは頑張らないといけないんだ。
施設だって前の生活よりは充分満たされているんだけど、ここと比べたらいいところとはいえない。
もうこんな生活をしたらさ、戻れないよ。
わたしが欲深くなっているのは、あのカードのせいかなって、たまに思い出す。
ヘンゼルとグレーテルのカード。
お兄ちゃんがあのカードをママから渡されて、狂いはじめたって、いってたの。
「願いが叶うカードだっていって渡されたけど、呪いのカードだったよ」
あのカードに触れると、邪悪な心がどんどん増幅されていくんだって。
「陽和はあれに触れなくてよかったよ。もしかしたら、悪い魔女をかまどにぶっこんでいたかもしれないな」
「え? どういうこと?」
「どうやら、ヘンゼルとグレーテルの物語になぞって、身の回りで事が起こるらしい」
つまり、わたしは悪い魔女から逃れるために、かまどに押し込むとかなんとかして命を奪っていたかもしれなかった、ってこと?
とんでもなく恐ろしい話に身が震えた。
わたし、ちょっとだけ触れてしまったけど、大丈夫かな。
今さら触れてしまったことを伝えられなかった。
そもそも悪い魔女って、誰? ママじゃないよね。
お菓子の家に住んでるっていったら、サツマさんのことかもしれないし……
お兄ちゃんは安心しきった顔でいった。
「でもさ、この物語はもう終わったんだ」
なんだか、憑き物が取れたみたいにすがすがしい。
「あの物語の最後って知ってる?」
有名な物語だから考えるまでもなく答えた。
「魔女から逃げて家に帰るんだよね」
「そうだよ。魔女の家から金目の物を盗んで帰るんだ。兄妹を捨てた親の元に帰って、めでたしめでたし、だってさ。そこが許せないところだけどね」
お兄ちゃんが許せなかったのが、盗みを働いたことなのか、それとも捨てた子供が金品を持ちかえってきたから家に住まわせてあげていることをさすのか、わからない。
どちらにしたって、わたしたちの物語もそこで終わっていたらと思う。
だけども……
お兄ちゃんにとっては終わりでも、わたしはまだ終わりではないのかもしれない。
ある日、唐突にママがサツマさんちを訪ねてきた。
チャイムが鳴ってモニターを見ると、そこにママが立っていたのだ。
メイクもしてなくて肌のつやも悪いけど、目だけがギラギラしていた。
「やっぱり来たのね」
一緒にモニターを見ていたサツマさんがいった。
「ママ、刑務所から出てきたの?」
「そうよ。念願叶ってひとりになったというのに、あなたを引き取りに来るなんて傲慢よ」
念願……
そうかもしれない。
ママはわたしたち兄妹を邪魔者扱いしていた。
ろくに食べさせてもらえなかったし、服も買ってもらえなかった。
どこからか入手したお金は全部自分で使ってたし、わたしたちがいない方がいいと願っていただろうに、どんな顔してやってこられるというのだろう。
『陽和を返せ! アンタのやってることは誘拐だ! 訴えてやる! ここを開けろ!』
ママが外で騒いでいた。
サツマさんがわたしの両手を取って視線を合わせた。
「陽和ちゃん。ママのこと、許せる? ママを選んでその後、どんな暮らしになるか想像がつくでしょう? きっとあの女はなにも反省してない。また同じ事の繰り返しよ」
サツマさんのいうことは正しい。
母親としての責任が果たせるのはサツマさんのほうだ。
「わかってる」
わたしはサツマさんの手を握り返した。
サツマさんが子供がほしくてわたしたち兄妹に近づいてきたのもわかってるし、強引な手段を取っているのもわかってる。
サツマさんが魔女なのか……
ママが魔女なのか……
ふつふつと腹の底から何かが湧いてくるようだった。
どちらを排除するかは、わたしが決めるのだ。
「サツマさん、わたしに任せて。ママの扱いなら、わたしのほうがよく知ってるから」
わたしはサツマさんに笑顔で返して表に出て行った。
ママは門扉が開くのを待ち構えてガッチリわたしをつかんだ。
強引にわたしを引きずる。
「ママ、痛いよ。どこに連れて行く気?」
「……とりあえず実家に帰るわよ。あんなところ、戻りたくないけど、仕方ないでしょ」
「ちょっと待って。わたしの話も聞いて」
「なんなの、この裏切り者が!」
すぅーっと、わたしの心に悪魔がやって来たような気がした。
これが邪悪ってやつなのか。
ママの心にはずっと住み着いているようだけど、わたしのところにもやっぱりやってくるんだなって思った。
「ママはくやしくないの?」
「は? なにいってるの?」
「お兄ちゃんを奪われて、くやしくないの?」
不意を突かれたようだった。
ママは少し冷静になって足を止めた。
「お兄ちゃんはサツマさんと結婚したから、もしサツマさんの身に何かあったら、この家の財産は全部お兄ちゃんのものだよ。でも、わたしには一円も入らない」
ママの頭の中で色んな考えが巡っているようだった。
なにが、一番自分にとって得であるのか。
「お兄ちゃんのことはもう信用できないでしょ? 財産を独り占めされるくらいなら、わたしもその半分をせしめてやろうと思うの」
「どうやって?」
「サツマさんの養子になるの」
ママは不快そうに顔をゆがめた。
「バカバカしい……」
「ママが許可したら、それが可能になる。そうしたら、わたしは大学まで行かせてもらえるよ。学費は全部サツマさんの負担で。いい大学出たらいいところに就職できるし、いっぱい稼げるよ」
ママは迷っているようだった。
その幸せの渦中に自分も加われるのか。
いや、でも、息子が離れていったように、娘も離れていくのではないか。
ママがわたしを信用できないっていうなら、それも当然。わたしもママを信用してない。
「ママと一緒に暮らすのはそれからでも遅くないよね?」
わたしがママともう一度いっしょに暮らす未来なんて、ほんと、考えられないんだけどね、夢だけは見させてあげる。
「ねぇ、ママ」
ママに選ばせてあげているようだけど、本当はちがう。
もうこれは決まり事なの。
ママとサツマさんどちらが魔女なのか、どちらを切り捨てるのか、あるいは両方いなくなってほしい?
――最終的に決めるのはわたし。
「もしママが生き延びたいなら、わたしのいうこと、聞くしかないと思うよ?」



