次の日もなにもすることがなかった。
お兄ちゃんが買ってきてくれていたカップラーメンを食べる。
ママはずっと寝たままだ。
わたしはひとり、サツマさんと出会った公園に向かった。
その道中からあやしい天気ではあった。
空は真っ黒で生ぬるい風が吹いていた。
公園のベンチに腰掛けて10分もしないうちにポツポツと雨粒が落ちてきた。
どうしよう。
うちへ帰ろうか。それとも土管の遊具の中で過ごそうか。
公園で遊んでいた子たちもちりぢりに帰って行く。
そんな中、カサをさして公園の中に入ってくる人がいた。
サツマさんだ。黒いフリルのついたカサをさしている。
わたしに気づくと小走りでやってきて、わたしもそのカサの中に入れてくれた。
「カサ、持ってないの? 送ろうか?」
「だいじょうぶです」
「でも、もう帰るんでしょう?」
「わかりません」
「わからないって……」
サツマさんはカサを差し出したまま困ったようにわたしを見つめる。
わたしも困って視線を落とすと、カサの持ち手の部分にチャームがついていることに気がついた。
ピンク色のハンバーガー……?
ちがう、マカロンだ。食べたことないけど、びっくりするくらいの値段がついているんだよね。
「だったら……」
サツマさんが沈黙を破った。
「うちで雨宿りしない? 今日は夫が出かけたの。だから、パイでも作ろうと思って買い出しに行ってたのよ」
小さな手提げバッグをわたしに見せるように向けた。
その中に材料が入ってるということみたい。
パイなんて、むかし、図書館で読んだ絵本の中でしか見たことがない。
サツマさんちに行ったら、それこそ絵本の中にいるような体験ができるのだろうか。
わたしは頭では悩んでいるつもりだったけど、気づいたら立ち上がっていた。
サツマさんはわたしがついていくものだと思って、ニッコリとわたしの肩を抱いて歩き出した。
わたしもその歩調に合わせる。
公園を出て右へと折れる。
この道を通るのも3回目だ。
それとわからないように、道順を覚える。
「あの公園によくいるよね?」
見られてたんだ。
わたしはサツマさんに全然覚えはないけど。
「私もね、公園を通り抜けると近道だから、よく通りかかるの」
それからもサツマさんのおしゃべりは続いた。
あの公園に住み着いている鳥は3種類くらいいるとか、道路に溜まった雨水はあの公園に向かってみんな流れていると思うとか、どうでもいいことばかりだけど、なんだか楽しくなっていた。
だって、近ごろ誰ともお話なんてしてなかったから。おしゃべりの仕方も忘れてしまっていたくらいに。
そうしているうちにサツマさんのおうちに着いた。
玄関に入ったそばから戸惑った。
左側の上がり口は靴をしまうところになっている。奥の方まであって、棚にたくさんの靴が置いてあった。
わたしはこのまま広い方の上がり口から入ればいいらしい。
正面の階段の先にも広々とした部屋がいくつもありそうだが、わたしが案内されたのは一階のリビングだった。
おしゃれなソファーと大きなテレビ。食事をする場所も一続きになっていてその奥にキッチンがある。
ものすごい広さだった。どこにいればいいのかもわからないくらいに広い。
窓も大きくて、手入れされた庭を見渡せる。
ここにだって鳥が住み着いていそう。
小鳥のさえずりで目覚める朝って、おとぎ話そのものじゃん。
「さぁ、こっちにきて。いっしょに作りましょう」
サツマさんにうながされてわたしもキッチンに立った。
「パイシートはすでに仕上がっているものだから、簡単よ」
一人分用の小さめパイ皿にパイシートを貼り付け、缶詰のアメリカンチェリーを5粒置く。そして焼くだけだった。
バターのいい香りがしてきて、サツマさんはティーポットに紅茶をいれた。
30分もしないうちに焼き上がり、目の前にこんがりと焼けたチェリーパイが置かれた。
ティーパーティーって、こんなかんじなのかな。
食べる前から幸せな気持ちになれるなんて思わなかった。
「温かいパイもおいしいのよ。さぁ、どうぞ召し上がれ」
常温のパイだって食べたことはない。
わたしはいただきますといってパイにかじりついた。
サクッと音を立てパイはホロホロと溶けるようになくなった。
チェリーもアツアツでトロトロで甘くておいしい。
口の中をやけどしそうになりながら、あっという間にたいらげた。
「もうひとつ、どうかしら? 食べきれなかったら、持って帰ってもいいのよ」
お兄ちゃんにも食べさせてあげたい。
でも、知らない人のうちに行ってごちそうになったといったら、怒るかも……
ママだって、取り上げちゃうだろうな。
「だいじょうぶです。ごちそうさまでした。もう帰ります」
「そうね。おうちの人も心配しちゃうだろうし」
サツマさんは玄関まで見送ってくれて、自分がさしていた黒いフリルのカサを貸してくれた。
「ひとりで帰れる?」
「はい」
「私はほかのカサがあるからだいじょうぶよ。返してくれるのはいつでもいいの」
こんなにかわいいカサがさせるのもうれしかったけど、またここに来られる口実ができて、内心「やった!」と思った。
だから、ママに見つからないようにしないと。取り上げられちゃったらサツマさんのお宅へ行けなくなっちゃうから。
アパートに帰ってくると、こっそりカサ立ての裏に隠した。
ママがどこかでカサを拾ってくるのか、古びたカサがいっぱいある。隠すのにはちょうどよかった。
とはいっても、いつ見つかるとも限らない。
お兄ちゃんが買ってきてくれていたカップラーメンを食べる。
ママはずっと寝たままだ。
わたしはひとり、サツマさんと出会った公園に向かった。
その道中からあやしい天気ではあった。
空は真っ黒で生ぬるい風が吹いていた。
公園のベンチに腰掛けて10分もしないうちにポツポツと雨粒が落ちてきた。
どうしよう。
うちへ帰ろうか。それとも土管の遊具の中で過ごそうか。
公園で遊んでいた子たちもちりぢりに帰って行く。
そんな中、カサをさして公園の中に入ってくる人がいた。
サツマさんだ。黒いフリルのついたカサをさしている。
わたしに気づくと小走りでやってきて、わたしもそのカサの中に入れてくれた。
「カサ、持ってないの? 送ろうか?」
「だいじょうぶです」
「でも、もう帰るんでしょう?」
「わかりません」
「わからないって……」
サツマさんはカサを差し出したまま困ったようにわたしを見つめる。
わたしも困って視線を落とすと、カサの持ち手の部分にチャームがついていることに気がついた。
ピンク色のハンバーガー……?
ちがう、マカロンだ。食べたことないけど、びっくりするくらいの値段がついているんだよね。
「だったら……」
サツマさんが沈黙を破った。
「うちで雨宿りしない? 今日は夫が出かけたの。だから、パイでも作ろうと思って買い出しに行ってたのよ」
小さな手提げバッグをわたしに見せるように向けた。
その中に材料が入ってるということみたい。
パイなんて、むかし、図書館で読んだ絵本の中でしか見たことがない。
サツマさんちに行ったら、それこそ絵本の中にいるような体験ができるのだろうか。
わたしは頭では悩んでいるつもりだったけど、気づいたら立ち上がっていた。
サツマさんはわたしがついていくものだと思って、ニッコリとわたしの肩を抱いて歩き出した。
わたしもその歩調に合わせる。
公園を出て右へと折れる。
この道を通るのも3回目だ。
それとわからないように、道順を覚える。
「あの公園によくいるよね?」
見られてたんだ。
わたしはサツマさんに全然覚えはないけど。
「私もね、公園を通り抜けると近道だから、よく通りかかるの」
それからもサツマさんのおしゃべりは続いた。
あの公園に住み着いている鳥は3種類くらいいるとか、道路に溜まった雨水はあの公園に向かってみんな流れていると思うとか、どうでもいいことばかりだけど、なんだか楽しくなっていた。
だって、近ごろ誰ともお話なんてしてなかったから。おしゃべりの仕方も忘れてしまっていたくらいに。
そうしているうちにサツマさんのおうちに着いた。
玄関に入ったそばから戸惑った。
左側の上がり口は靴をしまうところになっている。奥の方まであって、棚にたくさんの靴が置いてあった。
わたしはこのまま広い方の上がり口から入ればいいらしい。
正面の階段の先にも広々とした部屋がいくつもありそうだが、わたしが案内されたのは一階のリビングだった。
おしゃれなソファーと大きなテレビ。食事をする場所も一続きになっていてその奥にキッチンがある。
ものすごい広さだった。どこにいればいいのかもわからないくらいに広い。
窓も大きくて、手入れされた庭を見渡せる。
ここにだって鳥が住み着いていそう。
小鳥のさえずりで目覚める朝って、おとぎ話そのものじゃん。
「さぁ、こっちにきて。いっしょに作りましょう」
サツマさんにうながされてわたしもキッチンに立った。
「パイシートはすでに仕上がっているものだから、簡単よ」
一人分用の小さめパイ皿にパイシートを貼り付け、缶詰のアメリカンチェリーを5粒置く。そして焼くだけだった。
バターのいい香りがしてきて、サツマさんはティーポットに紅茶をいれた。
30分もしないうちに焼き上がり、目の前にこんがりと焼けたチェリーパイが置かれた。
ティーパーティーって、こんなかんじなのかな。
食べる前から幸せな気持ちになれるなんて思わなかった。
「温かいパイもおいしいのよ。さぁ、どうぞ召し上がれ」
常温のパイだって食べたことはない。
わたしはいただきますといってパイにかじりついた。
サクッと音を立てパイはホロホロと溶けるようになくなった。
チェリーもアツアツでトロトロで甘くておいしい。
口の中をやけどしそうになりながら、あっという間にたいらげた。
「もうひとつ、どうかしら? 食べきれなかったら、持って帰ってもいいのよ」
お兄ちゃんにも食べさせてあげたい。
でも、知らない人のうちに行ってごちそうになったといったら、怒るかも……
ママだって、取り上げちゃうだろうな。
「だいじょうぶです。ごちそうさまでした。もう帰ります」
「そうね。おうちの人も心配しちゃうだろうし」
サツマさんは玄関まで見送ってくれて、自分がさしていた黒いフリルのカサを貸してくれた。
「ひとりで帰れる?」
「はい」
「私はほかのカサがあるからだいじょうぶよ。返してくれるのはいつでもいいの」
こんなにかわいいカサがさせるのもうれしかったけど、またここに来られる口実ができて、内心「やった!」と思った。
だから、ママに見つからないようにしないと。取り上げられちゃったらサツマさんのお宅へ行けなくなっちゃうから。
アパートに帰ってくると、こっそりカサ立ての裏に隠した。
ママがどこかでカサを拾ってくるのか、古びたカサがいっぱいある。隠すのにはちょうどよかった。
とはいっても、いつ見つかるとも限らない。



