あなたに悪魔のメルヘンカルタをお届けします~ヘンゼルとグレーテル編

 血や肉になるものとして、ぶた肉、牛乳、だいず……
 力の元になるものとして、米、小麦粉、バター……
 体の調子をととのえるものとして、にんじん、たまねぎ、グリンピース……

 学校で配られた献立表をじっくり眺める。
 これらから予想されるメニューはなに?
 ドライカレーが食べたいな。
 ピラフもいいよ。でもピラフにはエビが入っててほしい。

 正解は……肉じゃがとだいずのポタージュ。
 だいずのポタージュってなに? だいずをミキサーにかけてトロトロにしてるのかな。それともそのまま具材になってるのかな。
 ああ、早く食べたい。絶対おいしいやつだよ。

 毎日学校があればいいのになと思っているのはわたしだけかもしれない。
 学校がある日はだいたい給食がある。
 ママは給食費を払ってないみたいだけど、それでもわたしは給食を食べることができた。
 担任の先生は「あまってるからもっと食べていいんだぞ」と声をかけてくれるけど、みんなひそひそと笑うから、きっと先生もおもしろ半分でいってるんだと思う。
 だから、それをいわれたらいくらたくさんあまっていても、恥ずかしくてもらいにいけない。
 夕食もいらないほどお腹いっぱい食べたいのに。

 献立表は未来が約束されていた。
 夢がつまっている。
 好きなメニューをリクエストできなくても、絶対に食べられるの。
 肉じゃがが食べられるからなにがあっても学校へ行く。ナポリタンにコロッケ、酢豚、南蛮漬け。次の日も、次の日も。絶対に学校へ行く。
 具合悪いとかいってられない。
 体調をととのえるためにも、あんまり好きじゃないにんじんもグリンピースも食べるよ。
 そもそも残すなんてもったいないものね。

 ――ああ、早く月曜日が来ないかな。
 あれもこれも全部食べられるんだって空想はできても、それだけでは空腹は満たされなかった。
 お腹がすいてると力が出ない。
 それはやっぱり力の元になる米やパンや油を食べてないからなんだなって、実感する。
 動かないのがいい。
 畳の上にごろんと寝っ転がった。

 みんな、休みの日はなにしてるんだろう。
 自転車に乗ってどこかへ出かけてるかな。お買い物したり。映画見たり。おいしいもの食べたり。
 遊ぶって、お金がかかる。
 まず、わたしは自転車を持ってない。
 がんばってみんなが遊んでいる児童公園まで走ってついていってみたことあるけど、貧血起こして倒れてから付き合うのをやめた。
 そのうち誰からも誘われなくなっちゃって、ひとり家の中で過ごすのが定番だった。
 
 わたしと同じ小学6年生がなにをしているか、そんなことを考えているのもわたしだけなのかもしれない。
 なにしてるか知らないけど、みんなすごく忙しいんだって。
 わたしはこんなにもヒマなのに。ヒマすぎてどうでもいいことばかり考えているのに。

(あおい)陽和(ひより)連れて出て行って」

 となりの部屋からダルそうなママの声が聞こえてきた。
 部屋といってもそこはかつてみんなでごはんを食べていた場所でもあったけど、今はママが独占している。
 テーブルにはメイク道具と鏡が置いてあって、勝手にさわると怒るからもうそこは家族団らんの場所じゃない。

 そしてもう一つの部屋がここ。
 六畳の和室をわたしとお兄ちゃんで使っている。
 ママがいる部屋とはふすまで仕切られているだけだ。

 まだ布団中にいたお兄ちゃんはむっくりと起き出した。
 高校3年生のお兄ちゃんは授業を受ける以外の時間はバイトしている。
 バイトの時間が長くなりすぎて一ヶ所では働かせてもらえないから掛け持ちしてるんだって。
 きのうの夜も遅く帰ってきてそのまま布団に入った。

 わたし、お荷物なんだよね。
 最近お兄ちゃんは忙しくてあまり話しをしてくれなくなったけど、わかるんだ。
 わたしがいなければもうちょっと楽なはず。
 必死になってバイトするのも、いつかここから出て行こうとしているから。
 その日が来ることはあまり想像したくない。
 無言で部屋から出て行くお兄ちゃんに置いて行かれないようについていくだけ。
 寝ているときも同じ服だからふたりそろってそのまま出て行く。

 ママがわたしたちを部屋から追い出す理由を考えてみたんだけど、ひとつは誰かが部屋にやってくるから。
 わたしたちがいると邪魔。その人はわたしたちとはなんの関係もない人で、子供がキライみたい。

 あとひとつは、ママがデリバリーを頼みたいから。
 わたしたちがいると3人分注文しなくちゃいけないものね。
 ママはいつもおいしいものを独り占めしている。
 部屋に戻ってくると空になった容器が散乱しているから、ああ、食べたんだなって、ついうらめしく見ちゃうの。

 そういうことだから、わたしたちは休みの日でも自分のうちにいられなくて、外に出ている。動いたらおなかすいちゃうのに。
 だけど、最近はお兄ちゃんのあとをついていきながら、ちょっとだけ期待している。

 お兄ちゃんは次のバイトの時間までハンバーガーショップで過ごす。
 そのとき、わたしの分も一緒に買ってくれる。
 いつも同じメニューだけどわたしはこれが大好き。
 給食とちがって絶対に約束された食事ではないし、たまにコンビニのカップラーメンのときもあるけど、お兄ちゃんがおごってくれたらずいぶんとお腹が満たされる。

 今日も期待通り、ハンバーガーショップにやってきた。
 お店に入るとき、バイトを募集している張り紙を見たら、時給がハンバーガーセット2個分だった。
 お兄ちゃんのバイトもそれくらいかな。
 そうすると30分か――
 いや、そもすると土日の2回分で1時間、お兄ちゃんはわたしの昼食のために働いているみたいなものだ。
 わたしはお兄ちゃんにたくさん貸しがある。いつか返さなくちゃ。

 ママはどうだろ。わたしはママになにか返さなくちゃいけないのかな。
 そんな気持ちにはなれなくて、情けなく思った。
 お兄ちゃんとは大違いだ。
 だってお兄ちゃんはわたしに貸した分を返せなんてきっといってこないだろうから。

 わたしとお兄ちゃんは窓の外が見えるカウンター席に並んで腰掛け、もくもくと食べた。
 丸一日食べてなかったから、勢いが止まらない。
 トレイにはみ出たポテトも食べ尽くし、わたしはポテトが入っている小さな袋をのぞき込んだ。
 まだ奥の方に残っている。
 ひっくり返してきれいに全部食べきろうとしたけど、ちょっと思いとどまった。

 こうやっていつもいっしゅん考えるんだ。
 ポテトだけは残しておいて、お腹がすいたときにあとで食べようって。
 でも、がまんできなくて結局全部食べちゃう。
 だけど今日はぐっとこらえて袋を閉じ、捨てられてしまわないようにこっそりポケットに入れた。まだほんのりと温かい。

「じゃあ、オレは行くから」
 お兄ちゃんはトレイを持って立ち上がった。
「うん。気をつけて」
 わたしもくっついていって入り口のところで別れた。