境界線の独白

第二話:二軒目の家 『待機する境界線』

一軒目の家から、歩いてわずか十分。 彼女とお母さんが移り住んだ二軒目のアパートは、僕との距離を物理的には縮めたが、心理的な「境界線」はより一層、高く、険しいものに変えていた。

一軒目のベランダのような便利な「抜け道」は、そこにはなかった。 彼女が僕の車に滑り込むためには、お母さんが寝静まるのを待って、正面玄関を音を立てずに開けるしかない。

「お母さんが、まだ起きてる」 「ごめん、お母さん起きちゃったみたい。今日は無理かも」

深夜二時、コンビニの駐車場。 平日の冷たい空気の中で、僕は青白いLEDの光に照らされながら、そのLINEを凝視する。 一度「行く」と決めてしまった僕の心は、簡単には引き返せない。お母さんが眠るのを待つ二時間は、まるで永遠のように長く、けれど彼女に必要とされている自分を確認するための、ある種の「儀式」でもあった。 あの頃、僕の体重は目に見えて落ちていた。睡眠不足と精神的な摩耗。それでも、彼女が助手席に乗った瞬間に漂う、一軒目とは少し違う、新しい生活の匂いに触れるだけで、すべてが報われるような気がしていた。

ようやくその家の中に入ったのは、彼女が母親になった後のことだ。 本編の時間軸でいえば、物語が大きく歪み始めた第二部。彼女は出産してもすぐには「夫」と同棲せず、その狭いアパートで赤ん坊を育てていた。

「狭いんだね」 初めて足を踏み入れた時、思わず独り言が漏れた。 彼女の部屋とお母さんの部屋。二人が座れば一杯になる食卓。冷蔵庫と食器棚が、壁を圧迫するように並んでいる。そこで彼女は、僕の子ではない赤ん坊を抱き、生活していた。

僕はその家から、定期検診のために彼女と息子を病院へ運ぶ。 自分の車には、早々に買い揃えたチャイルドシートが鎮座していた。 誰のためでもない、彼女の息子のための椅子。それを自分の金で買い、自分の車に取り付けている自分。 「外側の人間」であるはずの僕が、彼女の生活の最も核心に近い部分——育児——を支えているという歪な優越感と、それ以上の虚無感。

彼女が夫の家へ引っ越す際、僕は再び「作業員」のように荷物を運んだ。 狭い部屋から運び出される段ボールの山。 そこには、僕が深夜のコンビニで待ち続けた時間も、削り落とした体重も、行き場のない愛着も、すべて一緒に詰め込まれているような気がした。

二軒目の家。 そこは、彼女が「女」から「母」へと脱皮し、僕が「協力者」という名の「共犯者」として、より深く彼女の人生に根を張ってしまった、煉獄のような場所だった。