叶兎くんの体重の下敷きになっていた私は、琥珀に腕を引かれて支えられながらゆっくりと床に立ち上がった。
その瞬間、頭の芯を殴られたような酷い頭痛と目眩が襲ってくる。
「ちょ、待っ…。……ほんとに大丈夫?」
血を失いすぎたせいだった。
足元がまるで雲の上を歩いているかのようにふらふらと覚束無く、視界が急激に狭くなっていく。
私は思わず、倒れそうになる身体を支えるために琥珀の肩にしがみついた。
視界の端がちかちかと白く激しく明滅し、世界がぐるぐると回りだす。
「いいから座って。…出血量やばいって。人間の体でこれだけ噛まれてこの程度で済んでる方が奇跡なんだけど。」
琥珀に半ば強引に促され、私は冷たい壁際にそっと腰を下ろした。
きっと私がまだ倒れずにいられるのは、叶兎くんと血の契約を結んでいるおかげで、私の身体の頑丈さも普通の人より強化されているからだ。
……こんなところで、契約の力に感謝することになるなんて。
琥珀は白衣の下のジャケットの内ポケットから慣れた手つきで医療用の止血パッドを取り出すと、私の傷ついた首筋にそっと当てた。
その手つきは驚くほど無駄がなく、的確で。
ヴァンパイアハンターとして、これまで何度も吸血鬼の被害に遭った人間たちの応急処置をしてきた証拠なのだろう。
じわ……と、乾いたパッドに自分の温かい血が容赦なく吸われていく妙な感覚が伝わってくる。
私は傷口に走る痛みに顔をしかめながら、ふと、この静かすぎる部屋の違和感に気がつき、周囲を見渡した。
「…ねえ、琥珀、それにしても……誰も来ないの、おかしくない…?」
叶兎くんは、あの白衣の研究者の男からしたら、喉から手が出るほど欲しい大事な最高傑作の「被検体」のはずだ。
なのにこの最奥の隔離室には警備の兵もいなければ、異変を察知して駆けつける見回りの足音ひとつ聞こえない。
表で時雨くんたちが派手に陽動しているからといって、あまりにこの地下の防衛が手薄すぎる気がするのだ。


