閉ざされたドアの向こうからは、何人もの人間が慌ただしく怒鳴り散らしながら走り回る騒がしい足音が伝わってきた。
琥珀が指先で、耳元に装着したイヤピースにそっと触れる。
「第一班、地下に到達。これより赤羽叶兎捜索に入る」
冷静な声を通信の向こうへと届け、琥珀は私に目配せをした。
そして……。
「……っ」
思わず、鼻を覆いたくなった。
ツンと鼻を突くような、特有の薬品の臭いと、それに混ざる生々しい、かすかな血の匂いが漂っていたからだ。
手元のライトで、なるべく光を漏らさないように周囲を照らす。
そこには、おびただしい数のフラスコや試験管が乱雑に、不気味に並んでいた。
心臓が嫌な音を立てて波打つ。
この空気を……知っている。
あの時、叶兎くんが目の前で攫われた、あの不気味な病院の地下室……あそこに漂っていた澱んだ空気と、まったく同じ。
ただ、ここにある設備は、あの一室の比ではないほど遥かに広く、見たこともない複雑な構造の薬品棚がどこまでも並んでいる。
琥珀は棚に並んだ黒い資料ファイルを一冊素早く手に取ると、そのページに目を走らせた。
「へぇ、にわかに信じ難かったけど…やっぱりか」
「やっぱりって…何かわかったの?」
私が尋ねると、琥珀は棚に並ぶ、赤黒い液体が入ったフラスコを指差した。
ガラスの表面には、細かな日付と、複雑なアルファベットの記号。
奥のテーブルには、見たこともない形状の巨大な注射器やメスが、整然と並べられている。
「この資料、吸血鬼の血を混ぜた記録。…厳密には、混ぜったっていうよりは『合成』って言った方が正しいかな」
「え、…?血を、合成…」
私の困惑を余所に、琥珀は資料をパラパラと冷酷な音を立ててめくっていく。
「何人もの吸血鬼の血液を集めて、それを人工的に結合させる。そうすることで、本来持ち得ない『別の能力』を強制的に生み出す……。恐らく、これが敵の狙いで、能力の本質だね」
「別の能力を生み出すなんて……そんなこと、本当に出来るの……!?」
嘘でしょ、と声が震える。
けれど同時に、頭のどこかで納得している自分がいた。
時雨くんが言っていた通りだ。科学的な能力も無いわけではないって、彼は確かに言っていた。


