数日後、目の下に隈を作った渡は、リビングでニュースを眺めていた。
ダイニングでは父と母が夕飯を食べている。
妹は先に食事を終えて自室に戻り、兄は仕事でしばらく不在で、手伝いの蛙前は台所で片付けをしていた。
ニュースでは、月の日本領大使が地球から月へ帰任したと報じられていた。
画面には、家族と別れを惜しむ姿が映し出されていた。
大使は妻と長女を地球に残し、長男と次女が待つ月へ戻ると説明されたところで、ソファに沈んでいた渡は飛び起きた。
映し出された長女の姿は、まさに渡が思い続けていた少女そのものだった。
「え、あ、この子……!?」
「どうした、渡」
父の譲が声をかけた。
渡は思わず目を白黒させ、譲を振り返った。
「父さん、この子……月詠の長女って、うちの付属高校の生徒なの?」
「そのはずだが」
「えっ、でも明月って……」
「明月は月詠一族の名乗り名だろ。公共の場で月詠を名乗ると不便が多いから、明月を使っている」
「そうなんだ……」
雨水家は、地球では日本の序列三位に位置する大家だ。一位は天照らす天皇家、続いて空を晴らす晴原家、三位が土地を潤す雨水家となる。西洋の爵位に照らすと、月詠は大公、晴原と雨水は公爵に相当する。(序列四位の風間風間、五位の陸までが公爵に当たる)
とはいえ、雨水家の統領は譲の姉で、譲はその補佐として分家の取りまとめを担う副官の立場にある。
そのうえ渡には兄がいて、普段は不在だが「家の役目」はいずれ兄が担うことになるから、渡自身には良家の自覚が薄い。譲の手伝いをすることはあっても、さほど家の格を気にしたこともない。
もっとも、渡が意識していないだけで、雨水家は高官の家系だ。だから、頭領補佐である譲が月詠の内情を把握しているのは当然で……。
つまり父の言葉は本当なのだろうと、渡はすぐに判断した。
「本当に……」
「で? 月詠のお嬢様に何やらかしたんだお前は」
「な、なんもしてねえよ!」
咄嗟に言い返したものの、渡は(何にもってことはないよな……)と胸の内で思い、黙っていた。
口付けだけとはいえ、月詠のお嬢様に手を出したと知られれば、良くて勘当、最悪雨水家が取り潰されかねない。
月詠の統領が娘を溺愛し、家族を何より大切にしていることは、たった今ニュースが伝えていたとおりだ。
「やらかしたなら早めに言えよ」
「何で俺がやらかす前提なんだよ……あ、でも殴られかかってたよ、月詠のお嬢様」
「えっ」
渡が父の意識をそらそうと、思い出したことを口にすると、譲の顔色が悪くなった。
母はスッと黙って席を立つ。
蛙前が素早く母の食器を下げ、台所へと引っ込む。
譲も立ち上がり、渡の隣に腰を下ろした。
「詳しく」
「え、えっと、図書館で……」
渡は、図書館で彼女を庇ったことを説明した。
それから水族館に連れて行ったことと、海で月を見せてもらったことも。
もちろんキスしたことは伏せて。
渡が話し終えると、譲は渋い顔で黙りこんだ。
「お前、俺の手に負えない話をするなよ」
「聞いておいて……」
「しかもそれ、今日の話じゃないんだろう? どうしたものか」
「そんなに大事?」
おそるおそる聞くと、譲は重々しく頷いた。
「ああ、未遂とはいえ月詠のお嬢様が危害を加えられそうになった。……だから、一般庶民と同じように学校に通わせるのは反対したのに」
譲はブツブツ言いながらスマホを取り出した。
渡が覗き込むと、雨水家統領である伯母の名前が見えたので、退散することにした。
間違いなく面倒ごとになっているから。
「渡」
「……はい」
リビングを出る直前、鋭い声で呼び止められた。
渋々振り返ると、譲はもっと渋い顔で渡を見ている。
「今後、何かあったら、当日のうちに言うように」
「……わかったよ」
ダイニングでは父と母が夕飯を食べている。
妹は先に食事を終えて自室に戻り、兄は仕事でしばらく不在で、手伝いの蛙前は台所で片付けをしていた。
ニュースでは、月の日本領大使が地球から月へ帰任したと報じられていた。
画面には、家族と別れを惜しむ姿が映し出されていた。
大使は妻と長女を地球に残し、長男と次女が待つ月へ戻ると説明されたところで、ソファに沈んでいた渡は飛び起きた。
映し出された長女の姿は、まさに渡が思い続けていた少女そのものだった。
「え、あ、この子……!?」
「どうした、渡」
父の譲が声をかけた。
渡は思わず目を白黒させ、譲を振り返った。
「父さん、この子……月詠の長女って、うちの付属高校の生徒なの?」
「そのはずだが」
「えっ、でも明月って……」
「明月は月詠一族の名乗り名だろ。公共の場で月詠を名乗ると不便が多いから、明月を使っている」
「そうなんだ……」
雨水家は、地球では日本の序列三位に位置する大家だ。一位は天照らす天皇家、続いて空を晴らす晴原家、三位が土地を潤す雨水家となる。西洋の爵位に照らすと、月詠は大公、晴原と雨水は公爵に相当する。(序列四位の風間風間、五位の陸までが公爵に当たる)
とはいえ、雨水家の統領は譲の姉で、譲はその補佐として分家の取りまとめを担う副官の立場にある。
そのうえ渡には兄がいて、普段は不在だが「家の役目」はいずれ兄が担うことになるから、渡自身には良家の自覚が薄い。譲の手伝いをすることはあっても、さほど家の格を気にしたこともない。
もっとも、渡が意識していないだけで、雨水家は高官の家系だ。だから、頭領補佐である譲が月詠の内情を把握しているのは当然で……。
つまり父の言葉は本当なのだろうと、渡はすぐに判断した。
「本当に……」
「で? 月詠のお嬢様に何やらかしたんだお前は」
「な、なんもしてねえよ!」
咄嗟に言い返したものの、渡は(何にもってことはないよな……)と胸の内で思い、黙っていた。
口付けだけとはいえ、月詠のお嬢様に手を出したと知られれば、良くて勘当、最悪雨水家が取り潰されかねない。
月詠の統領が娘を溺愛し、家族を何より大切にしていることは、たった今ニュースが伝えていたとおりだ。
「やらかしたなら早めに言えよ」
「何で俺がやらかす前提なんだよ……あ、でも殴られかかってたよ、月詠のお嬢様」
「えっ」
渡が父の意識をそらそうと、思い出したことを口にすると、譲の顔色が悪くなった。
母はスッと黙って席を立つ。
蛙前が素早く母の食器を下げ、台所へと引っ込む。
譲も立ち上がり、渡の隣に腰を下ろした。
「詳しく」
「え、えっと、図書館で……」
渡は、図書館で彼女を庇ったことを説明した。
それから水族館に連れて行ったことと、海で月を見せてもらったことも。
もちろんキスしたことは伏せて。
渡が話し終えると、譲は渋い顔で黙りこんだ。
「お前、俺の手に負えない話をするなよ」
「聞いておいて……」
「しかもそれ、今日の話じゃないんだろう? どうしたものか」
「そんなに大事?」
おそるおそる聞くと、譲は重々しく頷いた。
「ああ、未遂とはいえ月詠のお嬢様が危害を加えられそうになった。……だから、一般庶民と同じように学校に通わせるのは反対したのに」
譲はブツブツ言いながらスマホを取り出した。
渡が覗き込むと、雨水家統領である伯母の名前が見えたので、退散することにした。
間違いなく面倒ごとになっているから。
「渡」
「……はい」
リビングを出る直前、鋭い声で呼び止められた。
渋々振り返ると、譲はもっと渋い顔で渡を見ている。
「今後、何かあったら、当日のうちに言うように」
「……わかったよ」



