それは、
本当に些細なきっかけだった。
放課後、
体育館の入口で、
菜々が立っていた。
俺を待っていたんだと、
すぐにわかった。
「春輝」
名前を呼ばれて、
足が止まる。
逃げられない距離。
「このあと、
ちょっと話せる?」
声は、
いつも通りなのに、
少しだけ緊張している。
――ああ、
――来た。
胸の奥が、
静かに冷える。
話したら、
何かを言われる。
言われたら、
俺は何かを選ばなきゃいけない。
「ごめん」
口が、
先に動いた。
「今日は無理」
菜々の目が、
一瞬、揺れる。
「……また?」
責める声じゃない。
ただ、
確かめるみたいな声。
「最近、
ずっとそうだよね」
俺は、
何も言えなかった。
言い訳は、
いくらでも思いつく。
でも、
どれも本当じゃない。
「春輝」
菜々が、
一歩近づく。
「私、
何かした?」
その言葉が、
一番きつかった。
違う。
何もしてない。
何もしてないから、
こんなふうに避けてる。
「違う」
やっと、
それだけ言った。
「……じゃあ、
どうして?」
答えなきゃいけないのに、
答えられない。
沈黙が、
長く伸びる。
体育館の中から、
ボールの音が聞こえる。
いつもなら、
落ち着く音。
今日は、
逃げ場がなくなる音だった。
「ごめん」
それだけ言って、
俺は菜々から視線を逸らした。
「今、
誰とも話したくない」
嘘じゃない。
でも、
真実でもない。
菜々は、
何も言わなかった。
ただ、
小さく頷いた。
「……わかった」
その声は、
少しだけ震えていた。
俺は、
それ以上何も言わずに、
体育館の中へ入った。
背中に、
視線を感じながら。
練習中。
何度も、
ミスをした。
集中しろと、
自分に言い聞かせても、
頭の中には、
さっきの菜々の顔が浮かぶ。
――何かした?
あの問いに、
ちゃんと答えなかったことが、
胸に残る。
練習後、
孝太が声をかけてきた。
「菜々、
探してたぞ」
心臓が、
嫌な音を立てる。
「……もう帰った?」
「たぶんな」
少し間を置いて、
孝太が続ける。
「今日、
話そうとしてた」
「……知ってる」
孝太は、
俺の顔を見て、
何か察したみたいだった。
「逃げた?」
俺は、
答えなかった。
でも、
それが答えだった。
「春輝」
孝太の声は、
低くて、静かだった。
「避けるってさ、
一番わかりやすい拒否だぞ」
その言葉が、
胸に刺さる。
「拒否してない」
反射的に言う。
孝太は、
首を振った。
「言葉にしなくても、
伝わる」
それ以上、
何も言われなかった。
それが、
余計にきつかった。
帰り道。
校門を出ると、
菜々が前を歩いていた。
今日は、
追いつかなかった。
声もかけなかった。
追いついてしまったら、
さっきの自分を、
否定しなきゃいけなくなるから。
家に着いて、
スマホを見る。
通知は、
何もない。
それが、
一番怖かった。
――もう、
――期待されてない。
布団に横になって、
目を閉じる。
避けたのは、
自分なのに。
離れた気配に、
胸が痛む。
俺は、
選ばなかった。
言葉も、
未来も。
その代わりに、
静かな安全を選んだ。
でもその安全は、
一人でしか守れないものだった。
春は、
まだ終わらない。
けれど、
確実に、
何かが取り返しのつかない形で、
動き出していた
本当に些細なきっかけだった。
放課後、
体育館の入口で、
菜々が立っていた。
俺を待っていたんだと、
すぐにわかった。
「春輝」
名前を呼ばれて、
足が止まる。
逃げられない距離。
「このあと、
ちょっと話せる?」
声は、
いつも通りなのに、
少しだけ緊張している。
――ああ、
――来た。
胸の奥が、
静かに冷える。
話したら、
何かを言われる。
言われたら、
俺は何かを選ばなきゃいけない。
「ごめん」
口が、
先に動いた。
「今日は無理」
菜々の目が、
一瞬、揺れる。
「……また?」
責める声じゃない。
ただ、
確かめるみたいな声。
「最近、
ずっとそうだよね」
俺は、
何も言えなかった。
言い訳は、
いくらでも思いつく。
でも、
どれも本当じゃない。
「春輝」
菜々が、
一歩近づく。
「私、
何かした?」
その言葉が、
一番きつかった。
違う。
何もしてない。
何もしてないから、
こんなふうに避けてる。
「違う」
やっと、
それだけ言った。
「……じゃあ、
どうして?」
答えなきゃいけないのに、
答えられない。
沈黙が、
長く伸びる。
体育館の中から、
ボールの音が聞こえる。
いつもなら、
落ち着く音。
今日は、
逃げ場がなくなる音だった。
「ごめん」
それだけ言って、
俺は菜々から視線を逸らした。
「今、
誰とも話したくない」
嘘じゃない。
でも、
真実でもない。
菜々は、
何も言わなかった。
ただ、
小さく頷いた。
「……わかった」
その声は、
少しだけ震えていた。
俺は、
それ以上何も言わずに、
体育館の中へ入った。
背中に、
視線を感じながら。
練習中。
何度も、
ミスをした。
集中しろと、
自分に言い聞かせても、
頭の中には、
さっきの菜々の顔が浮かぶ。
――何かした?
あの問いに、
ちゃんと答えなかったことが、
胸に残る。
練習後、
孝太が声をかけてきた。
「菜々、
探してたぞ」
心臓が、
嫌な音を立てる。
「……もう帰った?」
「たぶんな」
少し間を置いて、
孝太が続ける。
「今日、
話そうとしてた」
「……知ってる」
孝太は、
俺の顔を見て、
何か察したみたいだった。
「逃げた?」
俺は、
答えなかった。
でも、
それが答えだった。
「春輝」
孝太の声は、
低くて、静かだった。
「避けるってさ、
一番わかりやすい拒否だぞ」
その言葉が、
胸に刺さる。
「拒否してない」
反射的に言う。
孝太は、
首を振った。
「言葉にしなくても、
伝わる」
それ以上、
何も言われなかった。
それが、
余計にきつかった。
帰り道。
校門を出ると、
菜々が前を歩いていた。
今日は、
追いつかなかった。
声もかけなかった。
追いついてしまったら、
さっきの自分を、
否定しなきゃいけなくなるから。
家に着いて、
スマホを見る。
通知は、
何もない。
それが、
一番怖かった。
――もう、
――期待されてない。
布団に横になって、
目を閉じる。
避けたのは、
自分なのに。
離れた気配に、
胸が痛む。
俺は、
選ばなかった。
言葉も、
未来も。
その代わりに、
静かな安全を選んだ。
でもその安全は、
一人でしか守れないものだった。
春は、
まだ終わらない。
けれど、
確実に、
何かが取り返しのつかない形で、
動き出していた


