未来に続く、未完成な恋

次の日の朝。
教室に入ると、
菜々はすでに席についていた。
目が合いそうになって、
俺は先に視線を逸らした。
――今までなら、
――軽く手を挙げてただろ。
そんなことを考えながら、
自分の席に座る。
「おはよ」
遅れて、
菜々の声が聞こえた。
一瞬、
返事をするか迷って、
結局いつも通りに言った。
「おはよう」
声は、
ちゃんと出た。
でも、
それだけだった。
それ以上、
何も続かない。
それが、
こんなに長く感じるなんて思わなかった。
昼休み。
孝太は、
友達に囲まれていた。
俺は一人で、
パンをかじる。
視線の端で、
菜々が友達と笑っているのが見えた。
いつもと変わらない。
でも、
俺だけが、
その輪に入れなくなったみたいだった。
「春輝」
呼ばれて、
顔を上げる。
菜々だった。
「今日さ」
少し間を置いてから、
続ける。
「一緒に帰れる?」
胸が、
一瞬だけ跳ねる。
でも、
すぐに押さえ込んだ。
「……今日は、
 ちょっと用事ある」
咄嗟の嘘だった。
菜々は、
少し驚いた顔をして、
それから微笑んだ。
「そっか」
それだけ言って、
戻っていく。
背中を見送りながら、
胸の奥が、
静かに痛んだ。
――断りたくなかった。
――でも、応えられなかった。
放課後。
体育館の空気は、
いつもより重かった。
ボールを投げても、
感覚がずれる。
隣のコートでは、
菜々がシュート練習をしている。
目が合った。
一瞬だけ。
でも、
すぐに逸らされた。
それが、
偶然なのか、
わざとなのか、
わからない。
わからないままなのが、
一番つらい。
帰り道。
校門を出ると、
前を歩く菜々の後ろ姿が見えた。
追いつける距離。
声をかけられる距離。
それなのに、
足が動かない。
――今、話したら、
――何かが決定的に変わる気がした。
結局、
少し間を空けて歩いた。
同じ方向なのに、
別々の帰り道みたいだった。
夜。
布団に入って、
天井を見つめる。
スマホを開けば、
菜々とのトーク画面が出てくる。
最後のメッセージは、
「無理しないでね」。
それに、
俺は何も返していない。
文字を打っては消して、
また消して。
結局、
何も送らなかった。
――言わなかったんじゃない。
――言えなかった。
その違いが、
こんなにも大きいなんて。
春は、
まだ終わらない。
でも、
俺と菜々の間にあった距離は、
確実に広がっていた。
触れられるはずだった未来が、
少しずつ、
遠ざかっていくのを感じながら。