未来に続く、未完成な恋

春は、気づかないうちに進んでいく。
校舎の前の桜は、
満開を過ぎて、
少しずつ花びらを落とし始めていた。
それを見ながら、
俺はなんとなく思う。
――きれいなものほど、
――終わりが近いのかもしれない。
昼休み。
教室は騒がしくて、
どこか落ち着かない。
俺は窓際の席で、
外をぼんやり眺めていた。
「春輝」
名前を呼ばれて振り返ると、
菜々が立っていた。
「一緒に購買行かない?」
「……いいよ」
孝太は別の友達に捕まっているらしい。
今日は、珍しく二人きりだった。
廊下を並んで歩く。
この距離が、
近いようで、少し怖い。
「最近さ」
菜々が前を向いたまま言う。
「春輝、前より静かじゃない?」
心臓が跳ねる。
「そう?」
「うん」
一瞬、
何か言いたそうな顔をしたあと、
菜々は小さく笑った。
「気のせいかな」
その“気のせい”にされる感じが、
少しだけ寂しくて、
少しだけ救われる。
購買の前は混んでいて、
並ぶことになった。
前に詰めるたび、
菜々との距離が縮まる。
肩が、
ほんの少し触れた。
それだけで、
胸がざわつく。
「ごめん」
菜々が小さく言う。
「大丈夫」
言葉は普通なのに、
心は全然普通じゃない。
――もし今、
――ここで気持ちを言ったら。
そんな想像が、
一瞬、頭をよぎる。
でも、
すぐに打ち消した。
今じゃない。
今じゃ、だめだ。
放課後。
体育館では、
いつもの音が響いている。
ボールの音。
掛け声。
床を踏む足音。
俺は練習をしながら、
時々、女子バスケのコートを見る。
菜々は、
真剣な顔で走っている。
楽しそうで、
苦しそうで、
まっすぐだ。
――ああ、
――こういうところ、好きなんだ。
気づいた瞬間、
胸の奥が少し痛んだ。
好きだと認めるほど、
何もできなくなる。
練習終わり。
片付けをしていると、
孝太が近づいてきた。
「菜々さ」
唐突な一言に、
動きが止まる。
「最近、春輝のこと気にしてる」
「……え?」
「視線がな」
孝太は言葉を選ぶように続ける。
「無自覚っぽいけど」
その言葉に、
胸が強く鳴った。
「じゃあ、言えばいいじゃん」
自分でも驚くくらい、
素っ気ない声が出た。
孝太は首を振る。
「それで全部うまくいくなら、
 もうとっくに言ってるだろ」
図星だった。
「菜々は、
 今の関係を大事にしてる」
「……」
「壊す覚悟がないなら、
 踏み込まない方がいい」
孝太の言葉は、
優しくて、
現実的だった。
俺は、
何も言えなかった。
その日の帰り道。
一人で歩きながら、
考える。
俺は、
何を守りたいんだろう。
この関係?
菜々の笑顔?
それとも――
自分が傷つかない未来?
ポケットの中で、
スマホが震えた。
菜々からのメッセージだった。
「今日の練習、おつかれさま」
たったそれだけ。
でも、
画面を見つめている時間が、
少し長くなる。
「おつかれ」
そう返して、
スマホをしまう。
このやりとりが、
続けばいいと思ってしまう。
続けば、
何も失わずに済む気がしてしまう。
でも――
それはきっと、
“進まない”という選択だ。
夜風が、
花びらを運んでくる。
俺は足を止めて、
空を見上げた。
まだ、春は終わっていない。
でも、
この気持ちには、
もう名前がついてしまっている。
それでも俺は、
まだその名前を、
口にしないままでいる。
未来に続くかどうかは、
まだ、わからないから。