未来に続く、未完成な恋

試合から数日後の放課後。
体育館は、いつもより少し静かだった。
他の部活はすでに練習を終えていて、
男子バスケ部も片付けの時間に入っている。
「春輝、先帰ってていいぞ」
顧問の声に、
俺は「はい」と返事をしてシューズを脱いだ。
そのとき――
女子更衣室の方から、
聞き慣れた声がした。
「春輝?」
振り向くと、菜々が立っていた。
ジャージ姿で、タオルを首にかけている。
「今から帰り?」
「うん」
「よかった。ちょっとだけ話せる?」
胸が、わずかに跳ねた。
「……いいよ」
二人並んで、体育館の外に出る。
夕方の空気は、少しだけ冷たかった。
「この前の試合さ」
菜々が歩きながら言う。
「緊張してたでしょ」
「顔に出てた?」
「うん。ちょっと」
そう言って、くすっと笑う。
「でも、頑張ってるの分かった」
その言葉に、
胸の奥がじんわり熱くなる。
「ありがと」
それ以上、何も言えなかった。
沈黙が落ちる。
気まずいわけじゃない。
ただ、言葉が見つからないだけだ。
校舎の影に入ったところで、
菜々が足を止めた。
「ねえ、春輝」
「ん?」
「……最近、ちょっと元気ない?」
一瞬、息が止まった。
「そんなことない」
反射的にそう言った。
でも、菜々は納得していない顔をする。
「そっか」
それ以上、踏み込んではこなかった。
その優しさが、
逆に胸を締めつける。
「じゃあ、私こっちだから」
菜々は自分の帰り道を指さす。
「おつかれ」
「おつかれ」
それだけ言って、
菜々は小さく手を振り、
歩き出した。
その背中を見送りながら、
俺は思う。
――今、何か言えたら。
――でも、言ったら戻れなくなる。
結局、
何も言えないままだった。
少し遅れて、
孝太が体育館から出てきた。
「お前ら、話してた?」
「……ちょっと」
孝太は察したように頷く。
「二人きり?」
「うん」
「そっか」
それだけ言って、
並んで歩き出す。
しばらく、
靴音だけが響く。
「なあ、春輝」
孝太が前を見たまま言う。
「お前、言わないつもりだろ」
心臓が、強く鳴った。
「……何を」
「気持ち」
図星だった。
「言ったら、どうなると思う?」
孝太の声は、静かだった。
「今の関係、壊れるかもしれない」
「だろ」
孝太は小さく笑う。
「でもさ」
少し間を置いてから、続ける。
「言わないままでも、変わるぞ」
その言葉が、
胸に重くのしかかる。
「今のままって、一番楽そうで、一番きつい」
何も言い返せなかった。
「俺はさ」
孝太が続ける。
「お前が後悔する顔、見たくない」
「……」
「でも、無理に言えとも思ってない」
足を止めて、
孝太は俺を見る。
「選ぶのは、お前だから」
その目は、
親友の目だった。
「ありがと」
やっと、それだけ言えた。
夜風が、少し強く吹く。
俺は空を見上げた。
春の空は、
まだ明るさを残している。
でもその下で、
俺の気持ちは、
もう前みたいに曖昧じゃなかった。
言えない。
でも、確かにある。
この恋は、
もう“途中”じゃなくなっている。