未来に続く、未完成な恋

放課後の体育館は、独特の音で満ちている。
ボールが床に弾む音。
シューズが擦れる音。
誰かの掛け声と、ホイッスル。
それらが混ざり合って、
一日の終わりを告げていた。
男子バスケ部は、いつも通り奥のコートを使う。
俺はレイアップを繰り返しながら、
自然と視線を横に向けていた。
隣のコート。
女子バスケ部がアップを始めている。
そこに、菜々がいた。
髪をひとつに結び、
真剣な表情でストレッチをしている。
さっきまで教室で見ていた姿とは、少し違う。
――部活してるときの菜々、好きだな。
そう思った瞬間、
自分の気持ちに気づかないふりをした。
「春輝、集中しろー」
声をかけてきたのは、同じ部の先輩だ。
「すみません!」
返事をして、視線をコートに戻す。
ボールを受け取り、シュートを放つ。
リングに当たって、外れた。
集中できていないのは、自分でもわかっていた。
少し離れたところでは、
男子バレー部の練習が始まっている。
孝太が、声を出しながらスパイク練習をしていた。
「ナイス!」
誰かが叫ぶ。
孝太が照れたように笑う。
あいつは、どこにいても目立つ。
それが羨ましいような、
少しだけ複雑な気持ちになる。
練習の合間、
給水の時間になった。
俺はタオルで顔を拭きながら、
無意識に菜々を探す。
ちょうど目が合った。
一瞬だけ。
菜々は、気づいたように小さく手を振る。
胸が、どくんと鳴った。
俺も、慌てて小さく手を上げる。
それだけ。
言葉は交わさない。
交わせない。
同じ体育館にいるのに、
練習が違うだけで、
話す理由がなくなる。
この距離が、
近いのか遠いのか、
俺にはわからなかった。
「春輝」
横から声をかけてきたのは孝太だった。
いつの間にか、給水でこっちに来ていたらしい。
「お前さ」
「ん?」
「さっきから、菜々の方見すぎ」
心臓が跳ねる。
「……見てねぇし」
「いや、見てた」
即答だった。
「別にいいけどさ」
孝太は水を一口飲んで、続ける。
「同じ体育館って、逆にきついよな」
その言葉に、返事ができなかった。
孝太は、たぶん全部わかっている。
俺が何を考えているのか。
それでも、踏み込んではこない。
「練習終わったら、帰り一緒?」
「……うん」
そのとき、
女子バスケ部の笛が鳴った。
練習終了の合図。
菜々は、汗を拭きながら俺の方を見る。
今度は、少しだけはっきりと笑った。
「おつかれ!」
声が、届いた。
「おつかれ」
それだけで、
今日の疲れが少しだけ軽くなる。
でも同時に、
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
この関係は、
楽で、あたたかくて、
そして――どこにも進めない。
体育館の照明が、
ゆっくりと消えていく。
俺はその光の中で、
まだ名前のつかない気持ちを、
ひとりで抱えていた。