未来に続く、未完成な恋

次の日。
教室に入った瞬間、
違和感に気づいた。
菜々が、
いつも通りだった。
友達と笑って、
普通に話して、
普通に過ごしている。
昨日のことなんて、
なかったみたいに。
「おはよ、春輝」
目が合って、
菜々が言う。
笑顔だった。
ちゃんとした、
いつもの笑顔。
「……おはよ」
返した声が、
自分でもわかるくらい硬い。
でも菜々は、
気にしていないように見えた。
それが、
逆に苦しかった。
昼休み。
俺は席でぼんやりしていた。
菜々が近くを通る。
でも、
立ち止まらない。
話しかけない。
前なら、
「一緒に行こ」って言っていたのに。
“普通”に戻っただけなのに、
何かが決定的に違った。
――俺が望んだ形のはずなのに。
胸の奥が、
じわじわ痛む。
放課後の体育館。
女子バスケ部のコートから、
笑い声が聞こえる。
菜々は、
後輩と楽しそうに話していた。
俺と目が合っても、
軽く手を振るだけ。
それ以上、
何もない。
追いかけてこない。
待っていない。
探していない。
その事実が、
想像よりずっと重かった。
練習後。
孝太が隣に立つ。
「話したか?」
「……いや」
「だろうな」
孝太は、
女子バスケのコートを見る。
「菜々、決めた顔してる」
その言葉に、
喉が詰まる。
「決めたって、何を」
孝太は、
俺を見ないまま言う。
「期待しないってこと」
胸が、
強く締めつけられる。
それは、
俺がさせた決断だった。
帰り道。
今日は、
偶然並んだ。
信号待ちで、
隣に立つ。
沈黙が、
長い。
前なら、
くだらない話をしてた。
天気のこととか、
テストのこととか。
今は、
何も出てこない。
「春輝」
先に口を開いたのは、
菜々だった。
「部活、がんばろうね」
それだけ。
それだけなのに、
終わりの言葉みたいに聞こえた。
「……うん」
それしか言えない。
信号が青に変わる。
菜々は、
先に歩き出した。
もう振り返らない背中を見て、
はっきり思った。
俺は、
大事な瞬間を、
自分で手放したんだ。
守ったつもりだったものは、
何も守れていなかった。
春はまだ続いているのに、
俺たちの間の季節だけが、
先に終わってしまったみたいだった。