さよならの代わりに授かった宝物

佐倉が残していった
「あなたの父親が関わっていた事件」
という言葉が、萌香の胸から離れなかった。

かつて、萌香は誰もが羨む大手ゼネコン――桐生建設の社長令嬢だった。
だが二年前、父は背任の疑いをかけられたまま急逝し、会社は倒産。
家も、財産も、居場所も、すべてを失った。

その混乱の中で出会った勇気。
彼だけが、唯一の救いだと信じていた。

「……勇気さん」

深夜のリビング。
萌香は意を決して口を開いた。

「最初から……社長令嬢だった私に、狙いを定めて近づいたの?」

長い沈黙。

勇気は窓の外の夜景を見つめたまま、低く答えた。

「……ああ」

たった一言。
それだけで、胸の奥が裂ける。

「当時、桐生建設には政界を巻き込む汚職の疑いがあった。
俺の任務は、社長の娘――君に近づき、内部に食い込むことだった」

萌香の指先が、静かに震える。

「図書館での時間も、帰り道で手を繋いだ夜も……」

勇気は、苦しそうに言葉を継いだ。

「すべて、君の警戒を解くための捜査だった」

「……じゃあ、結婚の話も?」

「君の父親の周囲を、より深く洗うための隠れ蓑だった」

勇気は拳を握りしめる。

「だが……君の父が亡くなり、会社が崩れたことで、その計画は不要になった。
だからあの日、電話で……君を『もう必要ない』と言った」

「……ひどい」

涙がこぼれ、声がかすれる。

勇気はゆっくりと振り返り、萌香の前に膝をついた。
見下ろすのではなく、視線を同じ高さにするために。

「だが、計算外だったことが一つある」

低く、震える声。

「君を切り捨てたはずの俺が……
君がいなくなった部屋で、呼吸もできなくなるほど壊れたことだ」

萌香の肩に、そっと手が触れる。

「任務は終わっていた。
それなのに、俺は毎晩、君の名前を呼んでいた」

「……それは、愛なの?」

萌香の問いに、勇気は目を逸らさない。

「最初は、違う」

正直な答え。

「罪悪感と、執着と、取り返しのつかない後悔だった」

だが、次の言葉は、はっきりとしていた。

「……だが今は違う」

勇気は、萌香の頬に手を添える。

「俺は、君を奪った男だ。
君の誇りも、過去も、人生も壊した」

唇が、触れるほど近づく。

「それでも……
君を手放すくらいなら、地獄に落ちる方を選ぶ」

「……それは、守るってこと?」

「いいや」

勇気は小さく笑った。

「独占だ。
だが――君と、蓮を傷つけるものすべてから引き離すための独占だ」

萌香の額に、そっと口づける。

「俺はもう、君を『駒』として見ない。
一人の女として、母として、そして……俺が愛した人間として見る」

「……本当に?」

震える問い。

勇気は、今度こそ迷わず答えた。

「愛している」

短く、重い言葉。

「遅すぎるし、身勝手だと分かっている。
それでも……俺の人生に残った唯一の光は、君だ」

唇が重なる。

それは奪うためのキスではなく、
逃げないと誓うような、深く甘いキスだった。

二人の関係は、もう綺麗な初恋には戻れない。
だが――

傷と罪と因縁の底で、
それでも互いを求め合ってしまうほどの
甘く、逃げられない愛が、確かに芽生えていた。