勇気が見せ始めた「父親」としての柔らかな表情に、
萌香の心がようやくほどけ始めた――その矢先だった。
公務で勇気が不在の午後。
静かなマンションに、インターホンの音が響く。
モニターに映っていたのは、
凛としたスーツを着こなす、美しい女性。
「……どちら様でしょうか」
「高畑警視の同僚よ。
いえ……“元・相棒”と言った方がいいかしら。佐倉と申します」
少し迷った末、萌香は彼女をリビングに通した。
佐倉美月は室内を一瞥すると、薄く微笑む。
「……随分、穏やかな部屋ね。
彼がこんな場所を選ぶなんて、少し意外だわ」
その視線には、公安特有の鋭さが宿っている。
「彼が必死に隠しているから、どんな女性かと思っていたけれど……
二年前の“ターゲット”を、今も大切にしていたなんて」
「……私は」
萌香は、静かに言葉を選んだ。
「彼の妻になる予定だった人間です」
佐倉は小さく肩をすくめる。
「ええ、知ってるわ。
彼の任務を完璧にするための、最高に優秀な“協力者”」
その言い方に、胸がちくりと痛む。
「でもね」
佐倉は声を落とす。
「あなたが消えた後、彼はおかしくなった。
上層部から注意を受けるほど、あなたを探したのよ」
「……探した、理由は?」
「執着と、後悔。
そして……守れなかった自分への怒り」
萌香の指先が、無意識に震える。
その時――
「おばちゃん、だれ?」
奥の部屋から、蓮がひょこっと顔を出した。
佐倉の視線が、蓮を捉えた瞬間、ぴたりと止まる。
「……あ」
驚きに、言葉を失う。
「……なるほど。
勇気、ここまで来ていたのね」
「蓮に近づかないでください」
萌香が一歩前に出ると、佐倉はふっと表情を和らげた。
「安心して。
私は敵じゃない……少なくとも、あなたとその子に対しては」
そして、少しだけ真剣な声で囁く。
「彼が“家族”に固執する理由、知りたくなったら……
いつでも聞きに来なさい」
その瞬間。
玄関のドアが、静かに、しかし確かな音を立てて開いた。
「……佐倉」
低く、落ち着いた声。
振り返った佐倉の前に立っていたのは、
萌香と蓮を背に庇うように立つ勇気だった。
「勝手に来るな。
俺の家族に、余計なことを吹き込むな」
「相変わらずね」
佐倉は苦笑する。
「でも、変わったわ。
前なら“家族”なんて言葉、使わなかった」
勇気は一瞬も目を逸らさず、言い切った。
「今は違う」
その声は、静かで、揺るぎない。
「彼女も、子どもも。
俺が守る」
佐倉は小さく息を吐き、踵を返した。
「……せいぜい、大事にしなさい。
あなたにとって、初めて手放せないものなんだから」
ドアが閉まり、室内に静寂が戻る。
勇気はしばらくその場に立ち尽くし、
やがて、ゆっくりと振り返った。
「……怖い思いをさせたな」
萌香の前に歩み寄り、そっと肩に手を置く。
「だが、約束する。
過去が何であれ、もう二人を不安にさせることはしない」
蓮が勇気の脚にしがみつく。
「ぱぱ、だいじょうぶ?」
「ああ」
勇気は迷いなく、蓮を抱き上げた。
「全部、俺が引き受ける」
その背中を見つめながら、萌香の胸に、
不安と同時に――確かな温もりが広がっていく。
彼が守ろうとしているのは、
罪の隠蔽ではない。
“家族”という、たった一つの居場所なのだと。
萌香の心がようやくほどけ始めた――その矢先だった。
公務で勇気が不在の午後。
静かなマンションに、インターホンの音が響く。
モニターに映っていたのは、
凛としたスーツを着こなす、美しい女性。
「……どちら様でしょうか」
「高畑警視の同僚よ。
いえ……“元・相棒”と言った方がいいかしら。佐倉と申します」
少し迷った末、萌香は彼女をリビングに通した。
佐倉美月は室内を一瞥すると、薄く微笑む。
「……随分、穏やかな部屋ね。
彼がこんな場所を選ぶなんて、少し意外だわ」
その視線には、公安特有の鋭さが宿っている。
「彼が必死に隠しているから、どんな女性かと思っていたけれど……
二年前の“ターゲット”を、今も大切にしていたなんて」
「……私は」
萌香は、静かに言葉を選んだ。
「彼の妻になる予定だった人間です」
佐倉は小さく肩をすくめる。
「ええ、知ってるわ。
彼の任務を完璧にするための、最高に優秀な“協力者”」
その言い方に、胸がちくりと痛む。
「でもね」
佐倉は声を落とす。
「あなたが消えた後、彼はおかしくなった。
上層部から注意を受けるほど、あなたを探したのよ」
「……探した、理由は?」
「執着と、後悔。
そして……守れなかった自分への怒り」
萌香の指先が、無意識に震える。
その時――
「おばちゃん、だれ?」
奥の部屋から、蓮がひょこっと顔を出した。
佐倉の視線が、蓮を捉えた瞬間、ぴたりと止まる。
「……あ」
驚きに、言葉を失う。
「……なるほど。
勇気、ここまで来ていたのね」
「蓮に近づかないでください」
萌香が一歩前に出ると、佐倉はふっと表情を和らげた。
「安心して。
私は敵じゃない……少なくとも、あなたとその子に対しては」
そして、少しだけ真剣な声で囁く。
「彼が“家族”に固執する理由、知りたくなったら……
いつでも聞きに来なさい」
その瞬間。
玄関のドアが、静かに、しかし確かな音を立てて開いた。
「……佐倉」
低く、落ち着いた声。
振り返った佐倉の前に立っていたのは、
萌香と蓮を背に庇うように立つ勇気だった。
「勝手に来るな。
俺の家族に、余計なことを吹き込むな」
「相変わらずね」
佐倉は苦笑する。
「でも、変わったわ。
前なら“家族”なんて言葉、使わなかった」
勇気は一瞬も目を逸らさず、言い切った。
「今は違う」
その声は、静かで、揺るぎない。
「彼女も、子どもも。
俺が守る」
佐倉は小さく息を吐き、踵を返した。
「……せいぜい、大事にしなさい。
あなたにとって、初めて手放せないものなんだから」
ドアが閉まり、室内に静寂が戻る。
勇気はしばらくその場に立ち尽くし、
やがて、ゆっくりと振り返った。
「……怖い思いをさせたな」
萌香の前に歩み寄り、そっと肩に手を置く。
「だが、約束する。
過去が何であれ、もう二人を不安にさせることはしない」
蓮が勇気の脚にしがみつく。
「ぱぱ、だいじょうぶ?」
「ああ」
勇気は迷いなく、蓮を抱き上げた。
「全部、俺が引き受ける」
その背中を見つめながら、萌香の胸に、
不安と同時に――確かな温もりが広がっていく。
彼が守ろうとしているのは、
罪の隠蔽ではない。
“家族”という、たった一つの居場所なのだと。

