軟禁生活が始まって、数日が過ぎた。
勇気は仕事の合間にも、何度も自宅の監視カメラを確認していた。
萌香と蓮が、視界の外へ消えないことを確かめるために。
そんなある朝のことだった。
「……萌香」
ダイニングから、普段より低く、張りつめた勇気の声が響く。
「この子……何を食べた?」
胸騒ぎを覚え、萌香が駆け寄ると、そこには顔を赤くし、苦しそうに喉を押さえる蓮の姿と――
明らかに動揺した表情の勇気がいた。
テーブルの上には、部下に買わせた高級な洋菓子。
その中の一つに、細かく砕かれたそば粉が使われていた。
「蓮……っ!」
萌香が抱き上げようとした瞬間、勇気の手がそれを制する。
「待て。……俺が見る」
その声は、命令ではなかった。
必死に冷静さを保とうとする、切迫した低音だった。
「勇気さん、この子、そばアレルギーなの……!」
「……そば?」
一瞬、勇気の顔色が変わる。
彼はすぐに蓮の呼吸と喉の状態を確認し、迷いなく指示を飛ばした。
「救急セットを持って来い。抗アレルギー薬もだ。急げ」
その手つきは、警察官としてのもの以上に――
どこか、慣れている。
応急処置を終え、蓮が落ち着きを取り戻し、再び眠りについた後。
リビングには、異様な静けさが戻っていた。
勇気はソファに腰を下ろし、自分の掌をじっと見つめている。
微かに、震えていた。
「……そばアレルギー」
ぽつり、と呟く。
「左の眉尻の逆さのつむじ。
眠るとき、無意識に左の耳たぶを触る癖……」
萌香の喉が、ひくりと鳴った。
「……偶然だと思っていた」
勇気は自嘲するように、かすかに笑う。
「他人の空似だと、何度も自分に言い聞かせてきた。
だが……そばアレルギーは、遺伝が強い」
彼は顔を上げ、まっすぐに萌香を見る。
「俺も、子どもの頃……一度、死にかけた」
勇気はゆっくりと立ち上がり、萌香の前に立つ。
だが、その距離は強引ではない。
迷いと、恐れを含んだ歩みだった。
「萌香……あの子の誕生日を、教えてくれ」
「それは……」
「……嘘は、つかなくていい」
低く、静かな声。
「もう、分かっている」
勇気は壁際に追い詰めるようなことはせず、
ただ、萌香の肩にそっと手を置いた。
「逆算すれば……あの日だ。
君が、俺の前から消える直前の夜」
萌香の唇が震える。
勇気の指先が、その震えをなだめるように、そっと触れた。
「俺はずっと……
君を奪った“知らない男”への憎しみだけで、生きてきた」
苦しそうに息を吐く。
「だが……もし」
声が、わずかに掠れた。
「もし、あの子が……俺の子だとしたら」
その瞳に宿る感情は、怒りでも狂気でもない。
喪失と、喜びと、どうしようもない執着が混ざり合ったものだった。
「……二年間も、俺の宝物を一人で抱えていたことになるな」
勇気は額を萌香の肩に預ける。
「怖かっただろう。
それでも、あの子を守った」
低い声が、甘く震える。
「……よくやった」
萌香の胸が、締めつけられる。
「だが」
勇気は顔を上げ、静かに宣告する。
「もう、一人で抱え込む必要はない」
彼の手が、萌香の背に回る。
強引ではない。逃げ場を塞ぐものでもない。
「逃がさない、という意味じゃない。
……手放さない、という意味だ」
そして、低く囁く。
「お前も……あの子も。
これからは、俺のすべてだ」
血の繋がりという抗えない真実が、
二人の関係を「便宜上の夫婦」から――
逃げられない、甘く重い運命へと変えていく瞬間だった
勇気は仕事の合間にも、何度も自宅の監視カメラを確認していた。
萌香と蓮が、視界の外へ消えないことを確かめるために。
そんなある朝のことだった。
「……萌香」
ダイニングから、普段より低く、張りつめた勇気の声が響く。
「この子……何を食べた?」
胸騒ぎを覚え、萌香が駆け寄ると、そこには顔を赤くし、苦しそうに喉を押さえる蓮の姿と――
明らかに動揺した表情の勇気がいた。
テーブルの上には、部下に買わせた高級な洋菓子。
その中の一つに、細かく砕かれたそば粉が使われていた。
「蓮……っ!」
萌香が抱き上げようとした瞬間、勇気の手がそれを制する。
「待て。……俺が見る」
その声は、命令ではなかった。
必死に冷静さを保とうとする、切迫した低音だった。
「勇気さん、この子、そばアレルギーなの……!」
「……そば?」
一瞬、勇気の顔色が変わる。
彼はすぐに蓮の呼吸と喉の状態を確認し、迷いなく指示を飛ばした。
「救急セットを持って来い。抗アレルギー薬もだ。急げ」
その手つきは、警察官としてのもの以上に――
どこか、慣れている。
応急処置を終え、蓮が落ち着きを取り戻し、再び眠りについた後。
リビングには、異様な静けさが戻っていた。
勇気はソファに腰を下ろし、自分の掌をじっと見つめている。
微かに、震えていた。
「……そばアレルギー」
ぽつり、と呟く。
「左の眉尻の逆さのつむじ。
眠るとき、無意識に左の耳たぶを触る癖……」
萌香の喉が、ひくりと鳴った。
「……偶然だと思っていた」
勇気は自嘲するように、かすかに笑う。
「他人の空似だと、何度も自分に言い聞かせてきた。
だが……そばアレルギーは、遺伝が強い」
彼は顔を上げ、まっすぐに萌香を見る。
「俺も、子どもの頃……一度、死にかけた」
勇気はゆっくりと立ち上がり、萌香の前に立つ。
だが、その距離は強引ではない。
迷いと、恐れを含んだ歩みだった。
「萌香……あの子の誕生日を、教えてくれ」
「それは……」
「……嘘は、つかなくていい」
低く、静かな声。
「もう、分かっている」
勇気は壁際に追い詰めるようなことはせず、
ただ、萌香の肩にそっと手を置いた。
「逆算すれば……あの日だ。
君が、俺の前から消える直前の夜」
萌香の唇が震える。
勇気の指先が、その震えをなだめるように、そっと触れた。
「俺はずっと……
君を奪った“知らない男”への憎しみだけで、生きてきた」
苦しそうに息を吐く。
「だが……もし」
声が、わずかに掠れた。
「もし、あの子が……俺の子だとしたら」
その瞳に宿る感情は、怒りでも狂気でもない。
喪失と、喜びと、どうしようもない執着が混ざり合ったものだった。
「……二年間も、俺の宝物を一人で抱えていたことになるな」
勇気は額を萌香の肩に預ける。
「怖かっただろう。
それでも、あの子を守った」
低い声が、甘く震える。
「……よくやった」
萌香の胸が、締めつけられる。
「だが」
勇気は顔を上げ、静かに宣告する。
「もう、一人で抱え込む必要はない」
彼の手が、萌香の背に回る。
強引ではない。逃げ場を塞ぐものでもない。
「逃がさない、という意味じゃない。
……手放さない、という意味だ」
そして、低く囁く。
「お前も……あの子も。
これからは、俺のすべてだ」
血の繋がりという抗えない真実が、
二人の関係を「便宜上の夫婦」から――
逃げられない、甘く重い運命へと変えていく瞬間だった

