さよならの代わりに授かった宝物

蓮が広いゲストルームで、すやすやと眠りについた後。
静まり返ったリビングには、グラスの中で氷が溶ける、かすかな音だけが響いていた。

萌香はバルコニーを背に、ゆっくりと近づいてくる勇気の足音に、思わず息を詰める。

「蓮は……寝ました。私も、もう失礼します」

そう告げて、彼の脇をすり抜けようとした瞬間。

鉄のように硬い腕が、萌香の細い腰を引き寄せた。

「……っ」

「どこへ行くんだ」

低く、静かな声。

「今夜は、話すことが山ほどあるだろう」

背後から抱きすくめられ、勇気の体温が薄い寝巻き越しに伝わってくる。
首元にかかる吐息は、微かにウイスキーの香りを帯びていた。

「離してください……勇気さん。
私には、もうあなたのそばにいる理由なんて……」

「理由?」

勇気は小さく笑い、萌香をくるりと自分の方へ向かせる。
そのまま壁に手をつき、逃げ道を塞いだ。

「二年半だ。
君がいなくなってから、俺がどれだけ君の理由を探し続けたか……分かるか?」

暗がりの中で、彼の瞳が熱を帯びる。

「仕事でも、地位でも、女でも埋まらなかった。
……空いていたのは、君の場所だけだ」

「そんなの……嘘です。
私がいなくても、あなたは何でも手に入れてきたじゃないですか」

「違う」

勇気は即座に否定した。

「手に入れた“つもり”になっていただけだ」

彼の指先が、震える萌香の唇にそっと触れる。

「君がいなくなって、この部屋は息ができなくなった。
俺も、同じだ」

「……だったら、どうしてあんなことを……」

萌香の声はかすれた。

「私は、あなたにとってただの――」

「道具?」

勇気は苦く微笑う。

「ああ。最初はそうだった」

そのまま額を寄せ、低く囁く。

「だがな……君が消えた瞬間、俺は自分が一番大事なものを壊したことに気づいた」

胸元に額を押しつけられ、勇気の鼓動が、はっきりと伝わってくる。
激しく、切ないほどに。

「あの子を見たとき……正直に言おう」

勇気の声が、わずかに揺れた。

「妬いた。狂うほどにな」

「……蓮、に……?」

「俺の知らない時間。
俺の知らない場所で、君が誰かに守られていたと思うだけで……我慢できなかった」

顎をそっと持ち上げられ、視線が絡む。

「なあ、萌香。
俺は、君を手放せるほど器用な男じゃない」

「……それは、愛ですか?」

勇気は一瞬だけ目を伏せ、そして真っ直ぐに見つめ返した。

「執着だ。
だが――君しか欲しくないという点では、愛と何が違う?」

逃げ場を失った距離で、唇が触れる。

それは、かつての優しい嘘のキスとは違う。
確かめるようで、求めるようで、失うことを恐れる甘さを孕んだキス。

「……今さら、逃げるな」

低く囁かれ、もう一度、深く口づけられる。

「君も分かっているはずだ。
ここに戻ってきた時点で……俺を、切り捨てられないことを」

萌香の指先が、抵抗する力を失っていく。

(どうして……こんなに苦しそうな顔で、私を抱きしめるの……)

真実を告げれば、この熱は消えるのか。
それとも――もっと深い愛に、堕ちていくのか。

夜に包まれた部屋で、
二人の心は、甘く危険な執着と、まだ言えない秘密の間で、静かに絡み合っていた。